葬祭業界の抱える問題点

碑文谷創(2006.9)

■葬祭業界の現状

 葬儀市場の規模は年間1兆円と目されている。事業者数は約6千である。平均的な事業者は年間150件の葬儀を取り扱い、1件の売り上げが150万円。全体にいわゆる中小零細の事業者が多数を占めている。
 葬祭事業者で古いところは江戸時代の創業というのもあるが、これは全国で五指にも満たない。戦前からの創業となると事業者全体の3分の1、圧倒的多数が戦後の創業、しかも高度経済成長期以降に誕生している。

 葬祭業は90年代以降大きな変革期に入った。それは自宅で葬儀が行われなくなり、斎場(会館)での葬儀が多数派になったことによるものである。自前で斎場(会館)をもてない中小零細事業者は淘汰される傾向にあり、資金力のある大手事業者の優位が顕著になりつつある。葬祭業が葬儀会館業へと変わるということなのだろうか。斎場をもたない葬祭業者はどういう独自性を発揮していくのかが問われている。
 また、斎場をもてばいい、という時代でもない。所詮は箱でしかないからだ。
 取り扱い件数で見ると、冠婚葬祭互助会が44%、専門事業者が40%、農協が13%、その他3%という割合になっている。

 葬祭事業者の提供するものも、かつては棺、祭壇という物品だったのが、今では「サービス」という名の役務の提供が中心を占めるようになっている。品目では依然として物品中心になっているが、ハードとソフトの比はハード4、ソフト6と完全に中心が変化している。これが消費者にとっては見えない、他社との比較が容易にできない原因の一つになっている。

 誤解のないよう付言しておくと、ソフトであるサービスが中心に立ってきたというのは、より必要な遺族サポートに力点が置かれることになったことであり、葬祭業の近代化を表している。消費者も物品の価格だけではなく、サービスの中身を評価する必要が出てきていることを表している。

■葬祭業者の選択

 葬儀の価格が今ほどクローズアップされた時代はない。それは葬儀の消費者が葬儀に対して素人になったからである。昔は近所で葬儀があると手伝いに行っていたから葬儀の様子も掛かり具合も承知していた。今では葬祭業者に丸投げ状態で、しかも身近な葬儀は10年に1回程度、しかもこの間葬儀は大きく変化しており、「葬儀の常識」というものが通用しなくなっている。

 公正取引委員会が昨年「葬儀サービス取引実態調査」を発表した。
 そこで注意されたことは主に次の2点である。
 一つは病院指定業者による不法な営業である。病院では葬祭事業者の指定制度をとっているところが少なくない。生きている間は治療の対象であるが、死と判定された以降は医療の対象ではなくなる。そこで遺体の霊安室での管理や自宅への移送については葬祭事業者の仕事とされ、病院内に出入りすることから指定制度を採用しているのがほとんどである。

 しかも葬祭事業者に支払われる費用はあきれるほど安価であり、多くはむしろ葬祭事業者がお金を出して指定業者になっている。その理由は、病院が経費を抑制したいこと、葬祭事業者にはまだ葬祭業者が決まっていない家族から葬儀を受注する可能性があるからである。

この病院の指定業者になるために、かつては「病院戦争」とも言われた激しい競争が行われた。しかし、現状では沈静化の方向にある。葬祭業者を事前に決めている家族が多く、病院指定業者の葬儀本体の受注率は2割を下回り、葬祭事業者にとって効率の悪い営業になっているからである。

 公正取引委員会から違法性が指摘されたのは、病院指定業者が「その後の葬儀サービスについても、当該遺族を霊安室に引き留め、説得するなどして、自己との取引を強制的に促すといった事例」である。
 病院指定業者が病院と契約しているのは霊安室の管理、遺体の移送に限定される。その後の葬儀サービスをどこに委託するかは死亡した患者の家族の自由意思による。これを指定業者が自社に委託するよう強制することは独占禁止法上の問題(抱き合わせ販売等)に抵触することになる。

 もう一つの葬祭業者選択の問題は、景品表示法上の問題である。葬儀の価格に対して消費者の関心が高まるとともに、他社と正当に比較し、証明可能な形で「安い」と広告するのではなく、何らの根拠もなしに「安い」と広告する例が増えてきている。
 また基本葬儀料だけが50万円で、その他オプション費用等がかかるにもかかわらず(一般には葬儀社への支払い総額は基本葬儀料の1.3~2.5倍になる)、「葬儀が50万円でできます」等の表示も見られる。これは「提供される情報が不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害する惧れがあると認められる表示」となる。

 葬儀サービスの実態が変化しているからなおさらである。葬儀サービスは、祭壇、棺という物品のサービスだけでは比較できない。その役務サービスを含めた比較がなされないと正しい比較はできない。これは葬祭事業者だけの問題ではない。消費者もまた祭壇等の物品の提供に対してよりも、親身になった相談等のサービスに価値を置くようになってきている。

■求められる情報開示

 葬儀サービスにだけ求められることではないが「料金・サービス内容について事前に消費者に対し詳細な情報提供を行うことは、消費者の適切な商品・サービス選択を確保する観点から望ましい」ことである。

 葬儀というのは日常的に利用するサービスではないため、消費者は事前に情報をほとんどもっていないのが実情である。そのため、よりわかりやすい情報提供が葬祭業者には求められている。
 しかし、葬祭事業者の側からの情報提供は遅れていると言わざるをえない。
「価格表・写真付きカタログを事業所において配布」しているのが、ようやく過半数を超える54.5%にすぎないからである。

 葬儀を葬祭業者に依頼するにあたり見積書が出されるのが本来であるが、見積書を交付している事業者は73.3%にすぎない。さらに問題なことは同時に調査された消費者モニターの結果では、さらに低い64.2%となっていることである。
 葬儀の依頼は、家族の死亡直後で家族が動揺している時期である。よほどきちんと説明しないと消費者は見積書を受け取ったのか、さらにその内容まできちんと理解できているかは危うい。

■追加料金が発生することへの説明

 葬儀費用というのは見積書で確定するものではない。例えば、通夜の晩に斎場(会館)に泊まる親族の数を5人と見ていたのが、当日になったら8人になったとすれば、貸し布団や寝具セットが各3人分追加となる。これが追加料金と言われるものである。
 冷静に考えれば、こうした当日の状況により変動し、追加料金が発生する可能性は理解できるが、葬儀の慌しい状況ではこのことが充分に消費者に理解されない。こうした遺族の心理状況も理解したうえで、葬祭事業者には丁寧な説明が求められている。

 追加料金が発生する事例を挙げておこう。
1.会葬者数が予測を超えたため、会葬返礼品が多く出た。
2.通夜後や葬儀後の会食への出席者が予想数を超えたため料理や飲み物が追加された。
3.当日の天候が雨になり、会葬者の待機場所にテントを張った。
4.当日寒かった(暑かった)ために冷暖房機を急遽追加した。
 上記1、2の例では、遺族は会葬者数を少な目に見積もる傾向があるので、事前にきちんと説明しておく必要がある。

 上記3、4のケースでは、当日の天候が変化した時点で、遺族代表にテントを張るかどうか、冷暖房を追加すべきかどうか、追加する場合には追加料金がどれだけ発生するか、相談、説明し、了解を得ておく必要がある。
 こうした追加料金については「説明があり、納得できた」とする消費者は67.8%にとどまっている。納得度は低いと言わざるをえない。

■心づけ等の説明

 葬儀では古くから「心づけ」を霊柩車の運転手、火葬場の職員、料理の配膳人、葬祭従事者等へ渡す慣習があった。現在では公営の火葬場の場合には心づけを受け取ることが禁止されており、葬祭従事者の場合も受け取りを禁じている会社が多くなっている。
公正取引委員会は、心づけについてその慣習があることを情報として知らせることはいいが、あわせて「支払い義務のないこと」も説明するように求めている。
 心づけの慣習には、「皆がやりたくない仕事をやってくれるのだから」という理由があった。
しかし、現代では仕事に貴賎はなく、どんな仕事も社会が必要とする仕事は価値ある大切な仕事、という認識が広まることが望まれる。その意味では、長く続いた慣習であるが、心づけを撤廃する時期にきたようにも思われる。
 葬儀というのは死者を弔う大切な務めである。しかし悲しみの中できちんとした消費者行動がとりにくい状況で発生するものである。葬祭事業者のいっそうの改善が求められていると言えよう。

■日本版フューネラル・ルールの確立を

 アメリカの葬祭業者には「葬儀規則(the Funeral Rule)が課せられている。「葬儀に必要な商品とサービスの購入における消費者の適切な選択に資するものであり、葬儀業者等(火葬、埋葬、その他関連業者も含む)にそれら商品及びサービスの 価格、内容等に関するリストの提供並びにその情報開示を義務付けている」ものである。

 今、葬祭業界は必ずしも正常な状態ではない。かつてと比較すれば社会的地位は向上したものの、消費者から全面的に信頼されるところまではいっていない。多くの善良な事業者がいながら、一部の悪徳業者、消費者の利益を考えない事業者が依然として存在するからである。

 このためには、日本版「葬儀規則」を既存団体の枠組みを超えて作成し、これを遵守すると意思表示する事業者を登録する。遵守すると意思表示した事業者は、それを店頭に掲示し、違反があった場合には登録を取り消す、というくらいの取り組みが必要であるように思う。
 その基盤となるのは全葬連が99年に採択した「生活者への宣言」であろう。

【生活者への宣言】
私どもは、大切なご家族と死別し、悲しみの中にあるご遺族の想いを真摯に受けとめ、ご遺族が営まれる<とむらい>を心をこめて支援いたします。
1<事前相談の受け付け>ご遺族やご自分の葬儀に対して要望・不安・心配を抱かれている方の事前の相談を受け付けております。その方の身になって丁寧に対応いたします。
2<明朗な価格表示>葬儀の価格に対する不明朗感を一掃し、納得のいただける価格を提示いたします。
3<ご遺族の想いを大切に>葬儀に対する故人の意思、ご遺族の意思が活かされるように、まずご遺族の想いに耳を傾けます。
4<情報の提供と助言>ご遺族が葬儀の内容を選択・決定するにあたって、必要な情報を提供するとともに、必要に応じて専門家としてのアドバイスをさせていただき、葬儀が適切なものとなるよう支援いたします。
5<葬儀の選択・決定権>葬儀の内容は、最終的にはご遺族がご自身で選択・決定するものです。私どもは、葬儀の施行に先立って、打ち合わせ結果を提案書(見積書)として提示し、納得いただき、確認を得たうえで葬儀を施行いたします。
6<疑問・不明点へ対処>葬儀を終了するまでの間、疑問や不明な点が生じましたら、どんな些細なことでもお申し出ください。ご遺族の身になって真剣に対応いたします。
7<常に改善に努力>葬儀終了後、気づかれた点がありましたら、担当者にご指摘ください。私どもは、ご本人、ご遺族のために、よりよき葬儀を実現すべく、常に改善に努めてまいります。
8<アフターケアの提供>葬儀後のさまざまな問題についてもご相談ください。専門家を紹介するなど、ご遺族のニーズに対応したアフターケアを提供いたします。
9<責任ある対応>全葬連所属員の葬儀社の施行に関し、不審な点、約束違反、不当請求などの問題があり、葬儀社の対応に不満を覚えられた場合には、全葬連消費者相談室にご相談ください。全葬連では責任をもって調査し、対処いたします。
10<信頼される葬儀社に>私どもは、あなたの街の葬儀社として、信頼され、地域社会のお役に立てる葬儀社であるように努力いたします。

 これを全葬連が団体決議していることは重要なことである。これを業界全体のものへと拡大していく必要があるのではないか。
 これに付け加えるべきものは個人情報の保護が一つ、そしてアメリカの「葬儀規則」にある以下の点であろう。
1.商品、サービスの価格リストの提供
2.見積書提出要求への対応義務(電話、メールその他での要求含む)
3.虚偽表示の禁止
4.表示した価格の配布日から1年間の保持義務

 3の虚偽表示の禁止については具体的に検討される必要があろう。「病院指定業者は搬送には棺購入が必要と言ってはいけない」「心づけは任意であると説明しなければならない」「葬儀一式料金で葬儀費用の全てがまかなえると言ってはいけない」「葬式には祭壇が必要であると言ってはいけない」「客観的根拠を示さず他社より安いと言ってはいけない」「葬祭ディレクターが担当しないのに葬祭ディレクターが担当すると言ってはいけない」「防腐処置をしないで腐敗はしないと言ってはいけない」「明確な資格をもたない宗教者を斡旋してはいけない」等が考えられる。

 こうした日本版フューネラル・ルールの確立は、葬祭業界が消費者からの信頼を獲得するためのものである。葬儀が個人化するにしたがい、消費者にとって葬祭業者の占める役割は高まっている。また、心ないマスコミが一部悪徳業者の存在をあたかも業界全体であるがごとく報道している。こうした事態を抜本的に解決するためには、業界が指針を出すことである。

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