ハカ について想うこと 合葬墓増加のニュースに触発されて

「合葬墓増加」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240220/k10014364111000.html
のニュースに触発されて、ハカについて想うことを以下少し長く書いてみたみた。

ハカ需要の明らかな変化

墓需要は明らかに承継の有無によらない形態の方に傾いている。ちなみに寺院が設けるものには「永代供養墓」が多く、公営では宗教的表現を排した名称「合葬墓」が多い。
最初は個別埋蔵で一定期間経過後に合葬する形態と最初から合葬する形態があり、最近増加し、公営では主流とあっているのが最初から合葬する形態。この場合、後から改葬することはできない。

これまで主流だったのは「家墓(イエハカ)」と言われた家族や親族の墓だが、この場合には「永代使用」と言われるが、永続性は保証されておらず、「跡継ぎ(墓の管理者)がいる限り期限を定めず使用できる権利」でこれを維持するためには管理料(寺院のためには布施)をおさめ続ける必要がある。

家族分散、少子化、非婚化、単独世帯の増加(全世帯の3割以上)といった社会、家族の変化を受け「ハカ」の持つ意味は大きく変化している。
従来の家族(親族)墓をハカジマイし改葬する場合の受け皿となっているのが、跡継ぎを問わない永代供養墓、合葬墓、散骨(自然葬、海洋葬)、樹木葬である。

放置されるハカ

しかし、墓の管理者が不在、不明となっても墓がそのまま残されている放置墓は改葬される墓よりはるかに多く、地方では2割を超えているのは一般的で3・4割占める墓地まである。
大都市では承継者が不明となり墓地側が改葬するケースが一般的であるが、それは次に新規利用が見込まれるからである。
地方はそうはいかない。墓石等を撤去して改葬する費用でも1墓所平均20万円、大規模墓所であれば50万円以上かかる。費用を投じて原状復帰しても新規利用者がいなければ費用だけがかかり取り戻せない。結局管理者不明墓には手をつけないままが多い。
放置されるより、ハカジマイで改葬される方が墓地管理者にとっては歓迎なのだ。
90年代には寺等の墓地経営者からハカジマイ非難の声が大きかったが、今はあまい聞かないのは彼らも現実がよくわかってきたからである。

「先祖代々の墓」といってもせいぜい2代、3代が多く、4代以上継続する割合は極めて少ない。大名家の墓すらハカジマイされることが珍しくなくなっている。
戦前の「家」概念は親族も含む比較的広いものであったが、戦後の「家」は核家族であり、それも個人が占める割合が増加している。

「先祖供養」ではなく「死者供養」

といっても日本人の墓参慣習が低下しているわけではない。死者との関係はそれなりに密である。
弔いは「先に逝った死者たち」よりも「よく知り、生前に係わりのあった死者たち」という意味あいが元々強いのではないか。

そうであるなら死者を弔う墓の形態は家族(親族)墓である必要はなく、永代供養墓(合葬墓)、樹木葬でもいっこうにかまわない。
散骨であっても近くの望める場所にまいることは可能である。
もとより「まいる」気持ちがあればの話であるが。

私が日本人のハカその他の慣習について、「先祖供養」という言葉で表されることに疑義を抱いたのは、89~99年のいわゆる「お墓の革命」に関与したことがきっかけである。
むしろ「死者供養」ではないのか。
親密であった死者たちとの自然な人間的な関係の延長性にあるのであって、いかにもイデオロギー的、教訓的、上から目線の「先祖供養」とは異なるように思った。
「先祖供養は日本人の美徳」などという説教じみた論調に接すると、腹が立って仕方がなかった。
40代で早逝した親しくさせていただいていた僧侶の草野榮應さんが当時いい言葉で表現した。
「弔い、供養は義務ではない。私たちの権利だ」
以後、私は何かと草野さんの言葉を使わせていただいている。

死亡者の約7割が80歳以上、65歳未満9%未満の時代

三十三回忌(せいぜい五十回忌)で「弔い上げ」する古い日本の慣習は、死者をよく知る世代の交代により、特定の死者という祀りは終える、ということである。
特定の個別の名をもつ位牌は取り去られ、「先祖の霊」という無名の死者たちの位牌に合祀される。
だが法事も今は三回忌で終えるケースが多くて、継続してもせいぜいが七回忌までが多く、十三回忌、三三回忌などはめったに営まれることはなくなった。法事は2000年以降明らかに短縮傾向にある。

これは80歳以上での死亡が最も平均的な67%以上を占め、65歳未満の死亡が9%未満である超高齢化を明らかに反映している。
江戸、明治、大正、戦前の昭和は死亡の大半が50代未満が多く(平均寿命が40代)、80歳を超えるのは3~5%と極めて少数者であった長い日本の歴史との差である。
第二次大戦での死者は若く、その父母たちは戦後長生きしたので五十回忌が営まれることも少なくなかった。

ハカについての個人的事情

ハカというのは極めて個人的なものだから、ここで私の個人的ハカ事情を示しておく。
私の東京品川の古い墓は、明治末期に死んだ曽祖父、昭和初期に死んだ曾祖母を起源としているが、曽祖父母以前の江戸期の祖たちの墓の所在すら私は知らない。
曽祖父系の墓は千葉の寺と江戸の複数の宗派の異なる寺に墓があったと伝えられてはいる。だが、それがどこで、今どうなっているかもわからない。
曾祖母系に至っては辿るよすがすらない。

仙台には祖父母を起源とする墓があり、東京にはまた別に妻の母方の祖父母を起源とする墓、父方の祖父母を起源とする墓がある。

母方の祖父母は東北の古くからの菩提寺の墓域にある。
父母はまた別に父が創設した教会の納骨堂に納められている。
また先年死んだ姉夫婦は九州の樹木葬もどきの芝生墓地に納めてある。
甥が車に乗れないという障害があるので、納骨や墓参は私の役割になっている。

「ハカ」といっても決して1つではない。
私夫婦にしても関係する墓は5つ以上あり、きょうだい、いとこで管理は多少分けて管理はしているが、管理の継続性は極めて危うい。

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投稿者: Hajime Himonya

碑文谷 創(ひもんや・はじめ)/ 葬送ジャーナリスト、評論(死、葬送)、 元雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)/ 【連絡先】hajimeh46@nifty.com/ 著書 『葬儀概論(四訂)』(葬祭ディレクター技能審査協会) 『死に方を忘れた日本人』(大東出版社) 『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫) 『Q&Aでわかる 葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)  『新・お葬式の作法』(平凡社新書) ほか/

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