今でも読まれている昔の記事

このブログ「碑文谷創のはざまの日々」をココログに掲載始めたのが2005年12月。ちょうど11年になる。 正確にはその前ヤフーで書いていた時期がある。ココログでは記事数は373本でしかない。1年にすると約34記事だから月に2.8本、約3本というルーズさである。半年以上手をつけなかった時期もある。 アクセス記録を見ていると、1年前以前の記事がまだ結構読まれていることに気づく。古い記事が読まれるということは、検索キーワードに合致しやすい、ということが多いせいであろう。その意味では、私の書いた記事の良さを反映する... 続きを読む

友人の死、スーチャンの死―個から見た死と葬送(5)

個のレベルから見た死と葬送(5) 基本としてここに描いたものはフィクションである。私の周辺で生じたものが多く含まれているが、当事者の心象に投影して描いている。 ⑨友人の死 彼女が死んだらしい、と噂で聞いた。先月まで元気だったのだから嘘ではないか、と信じられないでいた。 もし、噂がほんとうなら、彼女と私が大の親友であると知っている娘さんから何かの報告があるはずだし、単に噂だけで安否を確認するのも、と思った。考えてみると連絡は全て彼女からだった。私にはない積極性を彼女はもっていた。 数日後、彼女の... 続きを読む

「墓(墳墓)」の使用権、祭祀財産、無縁墳墓の改葬―「改葬」問題のコンテキスト①

これから書くのは、12月24日に書いた「遺骨の定義、散骨ー「改葬」を論じる前に」http://romagray.cocolog-nifty.com/himonya/2016/12/post-1ab4.htmlの続きである。 「改葬」問題のコンテキスト① 「墓(墳墓)」の使用権 「墓」を購入する時に支払うのが「永代使用料」と言われる。近年は誤解を避けるために「使用料」とされることもある。「永代」という言葉が「未来永劫」と誤解されることが多いからである。「永代使用権」とは「期限を定めず、使用者がいる限り使用で... 続きを読む

「昨日、密葬を済ませました」、「夢」と刻まれた墓―個のレベルから見た死と葬送(4)

個のレベルから見た死と葬送(4) 基本としてここに描いたものはフィクションである。私の周辺で生じたものが多く含まれているが、当事者の心象に投影して描いている。 ⑦「昨日、密葬を済ませました」 家に近づくと、近所の人たち数人が真剣な、驚いた顔を寄せて話していた。 近づく私に、「お隣の息子さんがいま救急車で運ばれて…」と、その一人が言った。 私は、昨日、息子さんが近くをいつもどおりに歩いているのを見ていたのできょとんとしていると、「いや、事情はよくわからないけど…」と言葉を濁して、一様に顔を見合わせた。... 続きを読む