葬儀の行方 2022年3月当時に考えたこと

以下に掲載するのはコロナ禍の渦中である2022年3月に「東京都霊柩自動車協会 令和3年度研修会」で行った「コロナ禍における葬儀業界の変化について」 講演を受けて寄せられた質問への回答である。

コロナ禍は2020~2022年の3年もの長期にわたった。
今、駅は電車ではマスク姿も見られるが、完全に様相を一新している。
Covid-19による感染は未だ終息していないが、2023年5月に感染症法の位置づけが二類相当から五類に移行したことで、ほとんど通常の風邪扱いになっている。
私も今年(2024年)5月中旬におそらく感染したが(きちんとした検査を行わなかったが、家族が今や医療機関で「コロナ」と判定されたので、私も「コロナ感染」だったのであろう)、喉、鼻の異常も2週間で完治した。

本講演はコロナ禍末期とはいえ未だ渦中であったものだからZoomで行われた。
これはその後に寄せられた質問に文書で回答したものである。
2年前の文章であるが、その本質はあまり変化がないと考え、ここに掲載する。
補足すべき点は【補足】として記した。

質問は次の4点である。

1 コロナ禍を終えた後、葬儀業界は元の形に戻れるのでしょうか。
2 文化としての葬儀式から離脱或いは変化をしていっているが、このまま衰退してしまうのでしょうか。
3 今後、葬儀はどのような形が主流となっていくのでしょうか。
4 コロナ禍における葬儀の際、搬送業者への風評被害とは具体的にどういった事が起こったのでしょうか。

質問はコロナ禍にあって葬儀業者が大変な危機感をもっていたことがわかる。

Q1 コロナ禍を終えた後、葬儀業界は元の形に戻れるのでしょうか。


A
葬儀を近親者中心で行うというのは日本のみならず欧米でもロックアウト中に感染防御のための規制あるいは自粛要請を受けるということがありました。
イギリスではロックアウト中は葬儀に参列する人は30人まで制限されました。

日本でも2020年春の緊急事態制限下で集会の自粛要請で葬儀も自粛されましたが、いったん緩むと2020年の7月以降は、地域共同体が強い地方では葬儀も元に戻る動きがみられました。
もとより完全に元にではなく、式場内の近親者中心の葬儀と式場外での一般会葬の分離という形態でしたが。

葬儀の小型化・簡略化は新型コロナ流行で起こった現象とされていますが、確かに感染拡大を契機に急激に進行しましたが、これ以前からも見られた現象でした。それが自粛要請で極端かつ急激に進行しました。

新型コロナウイルス感染症の発生以前から、古くは1995年の「家族葬」の登場以降、葬儀の個人化傾向が出てきて、2007年のリーマンショックから始まる2007~2010年の世界同時金融危機以降、葬儀では2010年以降に経済低迷を背景に個人化傾向が加速され、これが特に都市部に顕著に現れ、小型化、簡略化傾向が主流を占めるようになっていました。

併せて死亡する人の超高齢化、80歳を超えて亡くなる方の葬儀が過半を超えるようになり、リーマンショック以降は会社共同体が社員の家族の葬儀から手を引くことが普通になったこと、都市部では地域のつながりが極めて弱くなったことから葬儀の個人化が加速されました。

新型コロナ発生前には、都市部で会葬者数の規模平均が30~60人前後であったのが、感染拡大で10~20人前後まで急速に減少しました。したがって戻るといってもバブル期の平均200人前後には戻ることはなく、平均はせいぜい20~40人前後規模に戻るのだと思われます。

直葬は2000年以降に生まれたもので(発生はそれ以前の福祉葬に起源がある)、これも2010年以降に特に増え、全国で10%前後まで、都市部では20%前後まで増加していました。

直葬もコロナ禍の制限・自粛ですっかり有力な選択肢として社会的に公認された形になっています。
地域によっては4割近くにまで増加していると思われます。
一人世帯がトップで3分の1を超えるなど家族の縮小、家族分散が顕著なこともあり、都市部では直葬の一般化は今後も避けられないでしょう。

現役の方の死(65歳未満で亡くなる方は1割を切りました)、生前特別な社会的な地位にあった方の場合を除き、直葬、家族葬(定義がないので「ごく狭い範囲の関係者による葬儀」と定義しておきます。幅も3人程度から60人程度とあります)がむしろ一般的な形態となると思われます。

そうすると葬儀業者の重点もイベントとしての感動・充実を図ることよりも、個々の遺族・関係者に寄り添う、個別性の高い、質の高い人間的サービスの提供に自ずと変化するものと思われます。

消費者の評価も「立派な葬儀だったね」から「遺族の想いを汲んだ丁寧で優しい気持ちのいい葬儀だったね」に変わると思いますし、もう既に変化しているはずです。

「飾り」にしても、すでに祭壇の大きさ、花の量にはあまりウエイトが置かれてはいず、小さくてもデザイン的に優れているものが好まれる傾向にあると思います。

社会的にも葬儀以外の分野でも、見た目の派手さよりも質(クオリティ)の高さに評価軸がすでに移っています。
葬儀を見る目も同じ目で見られて当然です。いつまでも30年前のバブル期の幻影を追い求めるのは時代錯誤も甚だしいと思います。

経営的には葬送関係業界はすでに大変な事態に突入しています。

死亡数は2020年138万4544人だったのが、2月発表の人口動態速報値では2021年は145万2289人に増加しています。
超高齢化が進行しているのでしばらくは死亡数は拡大傾向にあります(2019年に比べ2020年はほぼ変化はありませんでしたが、2年幅で考察すると傾向は推定どおりです)。

死亡数が増加し、取扱い件数は増加するものの、小型化・簡略化で単価は大幅に低下していますから、手間はかかるものの、売上高は減少という結果を招いているからです。

倒産、吸収も増加傾向にあります。

葬儀業は過去は利益率の高い事業と言われ、事実、高度経済成長期にその恩恵を受けましたが、すでにそうではなくなっており、普通の事業に近づいています。

経営の仕方は従来の延長ではなく、抜本的に変更することが迫られているように思います。
といってもやたらの財政の合理化は企業の将来性を奪いかねません。
特に人的サービスの質を確保することは肝要なことになっています。
葬儀費用もただ安ければいいのではありません。

おそらく企業の立ち位置についてしっかりと考察し、いかなる点に特質を出すか、重点化が必要となるでしょう。

葬儀業の社会的必要性はむしろ今後高まります。
求められるサービスを提供できるならば企業の未来は拓けると思います。
消費者に厳しく選別される時代になることは確かなことです。

【補足】
コロナ禍が収束した現在、地方の葬儀はほぼ2019年時に戻った。だが東京圏ではコロナ禍による小型化が維持されたままである。
地方も正確に言えば8~9割戻ったということで小型化傾向が払拭されたわけではない。今後においては超高齢化も反映して全国的に個人化傾向は進むと考えられる。

 


Q2 文化としての葬儀式から離脱或いは変化をしていっているが、このまま衰退
してしまうのでしょうか。

A
「文化としての葬儀式」をどういう意味合いでおっしゃっているのか推測はで
きますが、確かではありません。
葬儀が人間の文化であるのは石器時代からもそうですし、古代、中世、近世、そして明治以降の近代においてもそうですし、今後も人間の文化として重要な意味をもつと思われます。

少し整理すると、仏教が民衆の葬送に係わったのは中世末期、戦国時代以降のことです。
仏教での葬儀が法律的に義務付けられたのは江戸中期の幕府の宗教統制によるものです。

葬儀に祭壇が登場したのは大都市部では昭和前期以降、全国的には戦後の1960年以降のことで、これは霊柩車の一般化とほぼ同期しています。
それまで葬儀の最大のイベントは葬列でしたが、これが告別式に取って替わられ、告別式の装飾壇として祭壇が登場しました。

葬儀が大型化したのは明治中期から昭和初期、そして戦後の1960年から高度経済成長が牽引し、バブル期までのことです。特に戦後の高度経済成長期が著しいです。

私はある意味では高度経済成長期の葬儀が虚飾化し、意味をはく奪した故に今日の葬儀の軽さを招いた一因であると見ています。

この時代の葬儀は歴史的にも特異なものでした。

本来は別の機能である通夜と葬儀を混同し、はては葬儀式と告別式を時間短縮で一体化し、葬儀式が実質的に消え告別式になったこと、これでは一日葬が主流になるはずです。

死を受け入れるのはプロセスです。
プロセス抜きの儀礼ほど空しいものはありません。

通夜と葬儀の違いにいたっては葬儀業者も僧侶も正しく理解している人はほとんどいません。
したがってバブル期に葬儀の模範を求めるのは間違っています(葬儀業としてはこの時期隆盛しましたが)。

いのちは受胎から死後に至るまで、行政のみならず人もすべてを尊厳をもって取り扱う責務があります。
人として最も大切な道義の一つです。

われわれは有史以来、災害、疫病、戦争等によりいのちが軽く扱われたことへ、大きな悔いをもってきました。

近くでは東日本大震災で死者が尊厳をもって葬られなかったことを心に傷としてあります。
その過酷な状況にあって地元の業者が尊厳をもった葬りに心を砕いたことを想起します。

今ウクライナで民間人、兵士の死者が葬り・弔いなしに目印のみで埋葬されている映像を見ますが、悲劇そのものです。

新型コロナで亡くなった方が、看取りの機会を失われ、死亡後も遺族の対面がかなわず、火葬後の拾骨も拒まれ、遺骨が自宅の玄関前に届けられた姿は、死者の尊厳も遺族の感情も無視した最悪なものでした。

どんな状況にあっても従事する人の安全を確保しつつ死者の尊厳、遺族の感情を配慮した葬りができるかは大きな深刻な問いとして突き付けられたように思います。

葬儀の本質を、「死別した遺族・関係者の心に配慮して、死者に対し尊厳をもって葬り、弔う」ことにあるとするならば、今こそ形態は変われども、葬儀の原点を思い起こして葬儀の復権をこそ考える必要があると確信しています。
それが遺族・関係者のためになり、信頼を得る方途であると思います。

社会的にもエッセンシャルワーカーとして葬送に係わる仕事は重要性を増しこそすれ軽くなることはありません。社会的認識はまだ十分ではありませんが、重要性は言うまでもありません。

また家族が弱まり、共同体が弱まれば弱まるほど、孤立しがちな遺族を理解し支える葬送関係者の役割はより重要になると思われます。
問題は葬送に係わる人々が自尊を失わずに誇りをもって、自らの仕事に自覚的に取り組むか否かにあります。


Q3 今後、葬儀はどのような形が主流となっていくのでしょうか。


A
一言で言えば「多様化」だと思います。
生もそれぞれの考え方、家族との関係、社会的関係、経済状況、健康状態によって「それぞれ」としか言いようがないほど多様です。

死については、古代から近世まで、民族、時代によっては変わるものの、同時期・同地区内においてはある程度の合意に基づいて営まれる傾向にありました。
日本においても戦後をとってみても郡部と市部の相違は見られたものの、おおまかな合意、規範があって葬送が営まれてきたように思います。

しかし、ここにきて大きな転換期に差し掛かっているように思います。

高度経済成長期に見られた「総中流化」は崩れ、経済格差は拡大しています。
高齢者は比較的に裕福だと言われていましたが、高齢者層にも貧富格差が見られます。
「葬儀を出す」層である中年世代においても格差が大きくなっています。
このままでは高齢者を支え切れない時代に、同時に未来を担う子どもの育成にも大きな困難を抱えることになります。

資産的に見るなら、問題のない層は3分の1、極めて困難な層が3分の1、中間層が3分の1と分化しています。

文化的価値観や感性も大きく多様化しています。
これは経済とリンクしない形でさまざまに変化しています。

その結果、葬儀業者が「これが普通です」と提示することがほぼ意味をなさない時代に入っています。

葬儀以外の商品やサービスの選択においても多様化、個別化が著しいです。
高度経済成長期に伸長したデパート、大型スーパーが苦境に立たされています。
映画もテレビも大きく変わっています。
商品販売ツールとしてインターネットが無視できない世界になっています。
戦後の高度経済成長期に隆盛を極めた商品・サービスはそのままでは衰退を余儀なくされています。
葬送の世界だけが無縁であるはずがありません。

いかに個々の消費者のニーズに対応できるか真剣に模索する必要があります。
決まったマニュアル化したサービスしか提供できないのであれば半分撤退したも同様です。
インターネットが不得手だと言っている余裕はもはやありません。
大手のネット仲介業者の餌食になるだけです。

これまで一般的とされた葬儀も消えるわけではありません。
それも多様化の中での一つの選択であると思います。
しかし、それが正統的、正しい、というわけではないと思います。
保守的、伝統的な葬法はそれなりに命脈を保つのは他でも見られることです。
地域共同体が強い、故人または遺族との関係が強い関係においては葬儀は共同性を大切にして営まれることだと思います。

慣習も時代に影響されますので、過去そうであったように一種の流行はありうると思います。

これからはより遺族の想い、事情を丁寧に聴き取り、遺族が死者の弔いに集中できる環境をいかにして用意するかが葬儀業者の差別化要因となるでしょう。
安さだけが勝敗を分けるわけではありません。納得感を得られるか、ということが重要になるでしょう。

Q4
コロナ禍における葬儀の際、搬送業者への風評被害とは具体的にどういった事が起こったのでしょうか。


A
コロナ禍において葬儀業者、搬送業者、火葬場において新型コロナ患者の遺体を取り扱ったことによる風評被害の例はほとんどなかったと思われます。

問題は、風評被害が起こるのではないかと過剰に危惧した結果、新型コロナで亡くなった方の葬りにおいて遺族を死者と切り離し、遺族の想いをあまりに無視した葬りを結果したことです。

これは公衆衛生についてあまりに無知で適切な対応を欠いたことによるものです。
こうした患者の遺体の場合であっても、適切に注意をはらって対処するならば安全に対処できたわけです。

どんな状態にあっても適切に対処できるというのは消費者から安心、信頼を得る結果になります。

よくなかった事例は、新型コロナ患者の取扱いを拒否、遺体と遺族の対面を拒否、火葬・骨上げの遺族の立ち合いを拒否、遺骨を届ける場合にも遺族に渡すのではなく玄関先に置いて帰る、防御費用として高額(30万円ほど!)要求する、等あまりにばかばかしい対応を多く耳にしました。

こうした対応が消費者の間に広まるなら、葬儀業者としての信頼を失うことになるでしょう。
これは「風評被害」ではなく、自らの愚かさが招いたことです。

以上、回答とさせていただきます。
異論もあるかと思います。率直にご意見を聞かせていただければ幸いで
す。

2022年3月27日

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投稿者: Hajime Himonya

碑文谷 創(ひもんや・はじめ)/ 葬送ジャーナリスト、評論(死、葬送)、 元雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)/ 【連絡先】hajimeh46@nifty.com/ 著書 『葬儀概論(四訂)』(葬祭ディレクター技能審査協会) 『死に方を忘れた日本人』(大東出版社) 『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫) 『Q&Aでわかる 葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)  『新・お葬式の作法』(平凡社新書) ほか/

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