葬研.comで新連載開始

すっかり春だ。 といっても例年同様にまともな花見をしていない。 連日報道するテレビの画像、皆さんがアップするFacebookの素敵な写真が私の「花見」である。 報告だが、このたび インターネットのサイトで「葬儀の未来を研究するサイト」と名乗る 葬研.com で連載を開始した。 このサイトを最初に紹介を受けて見た時は驚いた。 およそ紙媒体の雑誌で私がやってきたこととは、ことごとく違ったからだ。 私たちが視点として据えたのは「葬送文化」であるが、このサイトは「葬祭ビジネス」であり、私の最も不得意とするジャンル... 続きを読む

今でも読まれている昔の記事

このブログ「碑文谷創のはざまの日々」をココログに掲載始めたのが2005年12月。 ちょうど11年になる。 正確にはその前ヤフーで書いていた時期がある。 ココログでは記事数は373本でしかない。 1年にすると約34記事だから月に2.8本、約3本というルーズさである。 半年以上手をつけなかった時期もある。 アクセス記録を見ていると、1年前以前の記事がまだ結構読まれていることに気づく。 古い記事が読まれるということは、検索キーワードに合致しやすい、ということが多いせいであろう。 その意味では、私の書いた記事の... 続きを読む

「家族葬」における「家族」とは?

「脳死」が出て「心臓死」という言葉が流通するようになったと同じく、 「家族葬」が流行することで「一般葬」という言葉が使われるようになった。 しかし「一般葬」という言葉はあまり好きではない。 葬儀というのは本来死者や家族によって個別固有なはずなのに、と思うからだ。 大体「家族葬」という言葉はブレのある言葉だ。 出現した時はバブル期までの葬儀への反発から出てきた言葉だったように思う。 バブル期の末期には、普通の個人葬で200~300人の会葬者を集めた葬儀が珍しくなかった。 そして会葬者の7割程度を生前の死者を... 続きを読む

「自死」ではなく「自殺」? 血迷ったか中外日報②

サナトロジー(デス・スタディ)の研究の端緒となった一つが、朝鮮戦争やベトナム戦争の帰還兵の精神病理の研究であった。 米軍の帰還兵だけの問題だけではない。自衛隊員の自死率、PKO派遣隊員の自死率の高さは異状である。 これは昔から言われてきたことだが、中外日報の社説子は読んでもいなかったのだろう。知らなかったのだろう。 「人を殺すのは刃だけではない」 他者や環境からくる凄まじいまでのストレスは人をも殺すのだ。 そこで死ぬのも生き残るのも、当事者の意思力や健康、助け手の存在なんかではない。 たまたまなのである。... 続きを読む

「自死」ではなく「自殺」? 血迷ったか中外日報①

仏教界のオピニオン紙「中外日報」2016年9月30日号の社説「自殺美化の危険」は、自死に対する偏見を助長するもの以外のなにものでもない。 http://www.chugainippoh.co.jp/editorial/2016/0930.html 新聞などでは近年、自殺といわずに「自死」と言い換える傾向が見られる。刺激的に響く語を避けて穏やかな表現に修正することはよくある。本紙では自殺と自死を併用するが、「自死」と表記する場合、残された「自死遺族」の立場・人権を特に配慮している。 そのことも踏まえ、あえ... 続きを読む