変わりつつある葬儀の課題

2.葬儀業界の現状と課題

■葬儀業界の現状

 葬儀市場の規模は年間1兆円と目されています。事業者数は約6千とされていますが、看板を掲げているだけのものもあり、実質4500程度ではないでしょうか。

 平均的な事業者は年間150件の葬儀を取り扱い、1件の売り上げ平均が約150万円です。
 よく「単価が下がった」との意見を聞きますが、経済産業省「特定サービス産業動態統計調査」を見ると、1事業所あたりの売り上げは減少していますが、総売り上げを総取扱数で割って算出すると、むしろ漸増傾向にあり、06年で152万円となっています。競争は強化されたが、市場は拡大基調にあります。しかし、葬式の個人化、小型化現象が進んでいますので、この勢いがいつまでも続くわけではないと思います。

 葬祭事業者全体では、いわゆる中小零細の事業者が多数を占めています。
 葬祭事業者で古いところは江戸時代の創業というのもありますが、これは全国で五指にも満ちません。戦前からの創業となると事業者全体の3分の1、圧倒的多数が戦後の創業、しかも高度経済成長期以降に誕生しています。

 葬祭業は、90年代以降大きな変革期に入りました。それは自宅で葬儀が行われなくなり、斎場(会館)での葬儀が多数派になったことによるものです。  60年代に現われ、80年代から注目され、90年代以降に本格化した斎場ブーム。消費者のニーズに後追うような形で凄いスピードで全国を席巻し、今や斎場葬が当たり前になり、葬儀業の業態を大きく変えました。自前で斎場(会館)をもてない中小零細事業者は淘汰される傾向にあり、資金力のある大手事業者の優位が顕著になりつつあります。

 斎場も初期は大型会館がもてはやされましたが、今は小さなエリアごとの小さな会館の時代となっています。それぞれの会館の特徴はあるものの、立派さよりも寛げることが求められているように思われます。
 取り扱い件数で見ると、冠婚葬祭互助会が47%、専門事業者が38%、農協が13%、その他2%という割合になっています。

 葬祭事業者の提供するものも、かつては棺、祭壇という物品だったのが、今では「サービス」という名の役務の提供が中心を占めるようになりました。品目では依然物品中心になっていますが、ハードとソフトの比はハード4、ソフト6と完全に中心が変化しています。これが消費者にとっては見えない、他社との比較が容易にできない原因の一つになっています。誤解のなきよう付言しておきますが、ソフトであるサービスが中心にたってきたというのは、より必要な遺族サポートに力点が置かれることになったことであり、葬祭業の近代化を表しています。消費者も物品の価格だけではなく、サービスの中身を評価する必要が出てきていることを表しています。

■葬祭業者の選択

 葬儀の価格が今ほどクローズアップされた時代はありません。それは葬儀の消費者が葬儀に対して素人になったからです。昔は近所で葬儀があると手伝いに行っていましたから、葬儀の様子も費用も承知していました。今では葬祭業者に丸投げ状態で、しかも身近な葬儀は10年に1回程度、しかもこの間葬儀は大きく変化しており、「葬儀の常識」というものが通用しなくなっています。

 公正取引委員会が05年「葬儀サービス取引実態調査」を発表しました。
 そこで注意されたことは2点あります。
 一つは病院指定業者による不法な営業です。病院では葬祭事業者の指定制度をとっているところが少なくありません。生きている間は治療の対象ですが、死と判定された以降は医療の対象ではありません。そこで遺体の霊安室での管理や自宅への搬送については葬祭事業者の仕事とされ、指定を受けた業者のみ病院内に出入りすることが許されます。しかも葬祭事業者に支払われる費用はあきれるほど安価であり、多くはむしろ葬祭事業者がお金を出して指定業者になっています。その理由は、病院が経費を抑制したいこと、葬祭事業者にはまだ葬祭業者が決まっていない家族から葬儀を受注する可能性があるからです。

 この病院の指定業者になるために、かつては「病院戦争」とも言われた激しい競争が行われました。しかし、現状では沈静化の方向にあります。葬祭業者を事前に決めている家族が多く、病院指定業者の葬儀本体の受注率は2割を下回り、葬祭事業者にとって効率の悪い営業になっているからです。

 公正取引委員会から違法性が指摘されたのは、病院指定業者が「その後の葬儀サービスについても、当該遺族を霊安室に引き留め、説得するなどして、自己との取引を強制的に促すといった事例」です。
 病院指定業者が病院と契約しているのは霊安室の管理、遺体の移送に限定されます。その後の葬儀サービスをどこに委託するかは死亡した患者の家族の自由意思によります。これを指定業者が自社に委託するよう強制することは独占禁止法上の問題(抱き合わせ販売等)に抵触するのです。

 もう一つの葬祭業者選択の問題は、景品表示法上の問題です。葬儀の価格に対して消費者の関心が高まるとともに、他社と正当に比較し、証明可能な形で「安い」と広告するのではなく、何らの根拠もなしに「安い」と広告する例が増えてきています。また基本葬儀料だけが50万円で、その他変動費と言われる料理や返戻品、それにオプション費用等がかかるにもかかわらず(一般には葬儀社への支払い総額は基本葬儀料の1・3~2・5.5倍になります)、「葬儀が50万円でできます」等の表示も見られます。これは「提供される情報が不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示」となります。

 葬儀サービスの実態が変化しているからなおさらです。葬儀サービスは、祭壇、棺という物品のサービスだけでは比較できません。その役務サービスを含めた比較がなされないと正しい比較はできないのです。これは葬祭事業者だけの問題ではありません。消費者もまた祭壇等の物品の提供に対してよりも、親身になった相談等のサービスに価値を置くようになってきているのです。

■求められる情報開示

 葬儀サービスにだけ求められることではありませんが「料金・サービス内容について事前に消費者に対し詳細な情報提供を行うことは、消費者の適切な商品・サービス選択を確保する観点から望ましい」ことです。

 葬儀というのは日常的に利用するサービスではないため、消費者は事前に情報をほとんどもっていないのが実情です。そのため、よりわかりやすい情報提供が葬祭業者には求められています。
 しかし、葬祭事業者の側からの情報提供は遅れていると言わざるをえません。「価格表・写真付きカタログを事業所において配布」しているのが、ようやく過半数を超える54.5%にすぎないからです。

 葬儀を葬祭業者に依頼するにあたり見積書が出されるのが本来ですが、見積書を交付している事業者は73.3%にすぎません。さらに問題なことは、同時に調査された消費者モニターの結果では、さらに低い64.2%となっていることです。葬儀の依頼は家族の死亡直後で家族が動揺している時期です。よほどきちんと説明しないと消費者は見積書を受け取ったのか、さらにその内容まできちんと理解できているかは危ういのです。

 07年に総務省近畿管区行政評価局「葬祭業の取引の適正化に関する調査結果報告書」が出されましたが、その基調は「説明しているだけでは駄目、消費者が理解する必要がある」というものです。葬儀の場合の消費者は「遺族」という特殊な状況にあります。その遺族に理解してもらうというのは特別な努力が必要となります。

■追加料金が発生することへの説明

 葬儀費用というのは見積書で確定するものではありません。例えば、通夜の晩に斎場(会館)に泊まる親族の数を5人と見ていたのが、当日になったら8人になったとすれば、貸し布団や寝具セットが各3人分追加となります。これが追加料金と言われるものです。

 冷静に考えれば、こうした当日の状況により変動し、追加料金が発生する可能性は理解できるのですが、葬儀の慌しい状況ではこのことが充分に消費者に理解されません。こうした遺族の心理状況も理解したうえで、葬祭事業者には丁寧な説明が求められます。

 追加料金が発生する事例を挙げておきましょう。
-1-会葬者数が予測を超えたため、会葬返礼品が多く出た。
-2-通夜後や葬儀後の会食への出席者が予想数を超えたため料理や飲み物が追加された。
-3-当日の天候が雨になり、会葬者の待機場所にテントを張った。
-4-当日寒かった(暑かった)ために冷暖房機を急遽追加した。

 上記-1-,-2-の例では、遺族は会葬者数を少な目に見積もる傾向があるので、事前にきちんと説明しておく必要があるでしょう。
 上記-3-,-4-のケースでは、当日の天候が変化した時点で、遺族代表にテントを張るかどうか、冷暖房を追加すべきかどうか、追加する場合には追加料金がどれだけ発生するか、相談、説明し、了解を得ておく必要があります。
 こうした追加料金については「説明があり、納得できた」とする消費者は67.8%にとどまりました。納得度は低いと言わざるをえません。

■心づけ等の説明

 葬儀では古くから「心づけ」を霊柩車の運転手、火葬場の職員、料理の配膳人、葬祭従事者等へ渡す慣習がありました。現在では公営の火葬場の場合には心づけを受け取ることが禁止されており、葬祭従事者の場合も受け取りを禁じている会社が多くなっています。

公正取引委員会は、心づけについてその慣習があることを情報として知らせることはいいが、合わせて「支払い義務のないこと」も説明するように求めています。  心づけの慣習には、「皆がやりたくない仕事をやってくれるのだから」という理由がありました。しかし現代では仕事に貴賎はなく、どんな仕事も社会が必要とする仕事は価値ある大切な仕事、という認識が広まることが望まれます。その意味では、長く続いた慣習ですが、心づけを撤廃する時期にきたようにも思います。

■比較できる見積基準

 これから葬儀業界が求められている一つは「消費者の選択権の尊重」です。
 そのためには消費者が葬儀業者を選択できるようになっていることが最低条件です。
 しかし今A社とB社の見積書を見比べて比較するというのは玄人でも困難です。同じ条件で見積を依頼しているにもかかわらず、表現が異なるのです。
 こうした「比較できない見積書」を放っておくことはできない状況にあります。すでに総務省は高齢社会により社会的需要が高まった葬儀市場に対して、「消費者の理解できる基準の作成」を求めています。
「安く見せよう」ではなく、情報を共通の基準で出して、消費者がそれぞれの事業者のサービスの内容と質を理解して選択できるようにしなければならない状況にきています。

■葬儀サービスの質

「葬儀業が幕張、祭壇等の設営からサービスの時代になった」とはよく言われることです。
 古くは焼香後の参列者へのお茶やおしぼりの提供から始まり、今では「ホテル並み」の接客サービスが課題となっています。
 あるいは「感動を与える葬儀」が唱えられています。
 
しかし大切なのは遺族の心情を理解し、配慮した細やかなサポートです。この点では、今の外見的にはスマートなサービスよりも、昔の「葬儀屋」と言われた時代の人たちの心意気が勝っていたということがあります。
 葬儀は遺族にとって、通夜や葬儀式という「点」ではなく、看取りから始まる「プロセス」であることは、葬儀に携わった者は充分に理解していることです。

 必要なのはイベントとしての盛り上げるのことではなく、遺族のプロセスに寄り添うことなのです。そして遺族が「自分たちが(葬儀社が、僧侶が、ではなく)死者を送った」という実感をもつことなのです。

 死の起こる状況もさまざまであり、死者も固有、そして遺族は多様です。故人を囲む人間関係も多彩です。それゆえ同じ葬儀は二つとはないのです。
 葬儀というのは死者を弔う大切な務めです。しかし悲しみの中できちんとした消費者行動がとりにくい状況で発生するものです。葬祭事業者のいっそうの改善が求められます。

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