現代葬儀考

伝統仏教「第三の大きな変革期」に直面

 

「中外日報」(平成21年5月12日号)によれば、臨済宗妙心寺派の次期宗務総長の松井宗益・本性寺住職が、地元松江市(島根県)の就任祝賀会の席上、「伝統教団は廃仏毀釈、戦後の農地改革に続く第三の大きな変革期に直面している」という認識を示したという。

「廃仏毀釈」は、明治維新後の新政府が1868年に公布した神仏分離令等をきっかけに、それまで神仏習合の文化を築いてきた神道と仏教の間を強制的に裂く政策を出したことから、仏教排斥の民間運動が各地で勃発。寺院や仏像の破壊、僧侶の強制的還俗が凄まじいまでに展開されたことを言う。

「農地改革(農地解放)」は太平洋戦争で敗戦後の1947年に、占領軍の方針で、地主から農地を取り上げ、小作農家に安価で引き渡され、結果として全国で7割の耕地の所有権が移転したことを言う。多くの寺院は戦前は大地主として財政が保障されていたところが多く、農地改革で寺院財産を失い、寺院の経済的自立が脅かされる事態に至った。これが遠因することにより高度経済成長期以降に「戒名料」「院号料」問題が生じ、寺院への不信感を増幅させることになった。

 この2つが、伝統仏教寺院に直接・間接に大きなダメージを与え、その力を殺いだことは言うまでもない。伝統仏教寺院には、「廃仏毀釈」は明治維新政府による、「農地改革」は占領軍による大迫害であったという認識はいまでも強い。

 戦後の高度経済成長に伴う地方から都市への大量の人口移動の結果、地方では過疎化が進み、地方寺院は存立を脅かされている。また都市では移住してきた人々が寺との檀家関係を結ぶことなく、大量の宗教的浮動層を生み出した。結果として都市の一部の名刹と言われる寺院は経済成長の恩恵を享けたが、その他の寺院は無住化(住職不在の寺化)し、寺院間経済格差を生み出した。

 また都市化は地域生活共同体を衰退させ、寺院と民衆が地域文化を介在し関係をもってきた基盤を破壊し、寺院と檀家の生活文化的交流を奪った。それは民衆の仏教文化との切断を意味し、宗教としての仏教の力も奪っていった。

 これまで葬祭文化を媒介に寺院と民衆はかろうじて接点をもってきたが、その葬祭においても仏教離れが始まった。過去の調査では仏式葬が95%前後で推移してきたが、05年の日本消費者協会調査では、ついに仏式葬は全国平均で9割ラインを割った。「第三の変革期」を象徴するようなデータである。

 首都圏で約半分の宗教的浮動層があるが、彼らの仏式葬は、葬祭という点のみで接点をもつ派遣プロダクションの僧侶により担われ、そこに所属する僧侶の多くは過疎化に悩む地方僧侶、という悲喜劇現象を招いている。

 各教団で「都市開教」がうたわれるが、成功している寺院の多くは、宗教的浮動層からの集財能力に優れていただけで、宗教的な意味での力をもったことを意味しない。「宗教」と言われる世界でもマーケティング能力が格差を形成している。

 一方で地域が、家族が解体し、極度の高齢化もあいまって、人々の孤立化が進んでいる。この流れに逆らう有効な言葉もなく、伝統教団も同時に衰退を進めているように思えるのは淋しい。

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