現代葬儀考

創刊20周年に回顧する葬送の変化

 

 墓の変化が起こったのは1990年前後の、ちょうど本誌を創刊した時期である。「家(イエ)」を失い核家族となり、墓の承継の困難さが課題となったことによる。イエは幻想であったとしても永続性を観念したものであり、墓や仏壇はその象徴としてあった。だが戦後民法に位置づけられた家族とは一代を本質としたものであった。娘だけの世帯、子のない世帯、単身者、離婚の増加。永続を前提とした家の枠外の人が増加した。これに対し家墓システムは無力であった。

 永代供養墓の先駆けの一つが女の碑の会の「志縁廟」(京都)。戦時中に結婚適齢期を迎え、適齢の男性の多くを戦争で失い単身を余儀なくされた女性たちが、自分たちの墓を求めたものであった。

 都市化、核家族墓ブームが招いたのは地方の放置された歯抜けの墓地であり、大都市周辺の墓地造成による自然破壊。それへの反省と反発が散骨(自然葬)、樹木葬等の自然共生型の葬法を生み出し、人気を呼ぶところとなった。

 葬式が自宅葬中心から自宅外へと出て行ったのは、自宅での死が少なくなり、病院等の施設に移った結果が招いたものである。斎場(葬儀会館)葬は、自宅葬では地域の人が無遠慮に台所にも侵入し、自分も遺族であるのに、弔いに専念できず働くことから逃れられない遺族の女性たちが望んだ結果であった。

 95年前後、不況が生活に及んできたと感じられるとともに、葬式では大きな祭壇が評価を失い、それまでの社会儀礼偏重に反発するように反社会儀礼とも言うべき近親者中心の小型葬が急増した。宮型霊柩車も急速に人気をなくした。

 2000年以降、葬式をしない火葬だけの「直葬」が増えたが、かつては経済的事情や特殊事情から余儀なく選択されたもの。だが死のタブーが崩れ、葬式が近所の視野から隠れ、一般の人も「直葬」を選択するようになった。

「葬式をしない」ことだけが批判されるべきことではなく、この背後には家族の解体、企業共同体の崩壊による絆から逸れる者が増えた社会的現実を見なければならないだろう。

 数字的に挙げるならば、平均会葬者数は現在は100名を下回っているだろう。
 誰かも特定できない行旅死亡人が全国で年1千人、縁者はいるが引き取ることを拒否された死亡人が年3万1千人、推定ではあるが引き取り手はいても死体処理的に火葬だけをされた死亡者は年10万人を超えるのではないか。

 80歳以上の死亡者数が全体の50%を超えた。だが「大往生」とは大違いである。昔であれば自宅で看取り、口から本人が自力では食せないことで自然に死期にあることを共有したが、病院では点滴による過剰な栄養補給がなされている。「自然死」はどこにあるのか。

 人の死でこれほど宗教が無力だった時代はないだろう。自然に抱かれて往還する霊魂観をもつのでもなく、かの世である浄土や成仏を確かにイメージできるわけでもない。でも、身近な人の死が本来もつ人間的な意味、感情を手探りする想いはあるだろう。宗教がその想いに寄り添えるか、それは簡単なことではないだろう。

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