葬儀Q&A

Q16 死者を忘れることが供養?

 

Q.息子が死んで1年になります。まだ何をする気にもなれず、息子のことを考えると涙がとまりません。先日、ご住職から「親が嘆けば嘆くほど息子さんの罪は重くなり、成仏できません。忘れてあげなさい。忘れてあげることがいちばんの供養ですよ」と言われました。(62歳女性)

A 高名な仏教学者が「仏教の基本的な考え方は、死者について忘れなさいというものですから、私たちが死者を忘れることによって死者は浮かばれるのだと思います」と書いているのを読んだことがあります。
 それを読んだ私の感想は、この学者は仏教についての学問的知識はあるかもしれないが、人間を深いところでは理解できていないな、というものでした。
 子どもをなくした親がそのことを忘れろと言われて忘れられるものではありません。忘れるということは心の中から排除しようとすることですから、それは心をむしろ傷つける方向に働きます。

仏教の専門家ではありませんから、仏教の教理に立って反論はできませんが、これが仏教の基本的な考え方であるはずがないと思います。
むしろ死者を忘れ、悲しむことをやめるのではなく、悲しむことを大切にすることです。あなたが嘆き悲しむのは、お子さんがそれだけあなたにとって大切な存在だったという愛の証なのです。一周忌を迎えてもあなたが何をする気もおきないのは、それだけ息子さんの喪失が大きかったということなのです。早く立ち直ろうとしなくていいのです。

供養するということは、死者を忘れることではなく、亡くなった方が大切な存在であることを自分の中で確認することだと思うのです。
僧侶で詩人の福島泰樹さんが「人は死んだらどこへゆくのか」と自問し、「そうだ、人は死んだら『ひと』の心の中へ行くのです」と書いています。この言葉は深い意味をもっていると思います。心の中にしっかりと死者を刻み込むこと、これがいま大切なことではないでしょうか。

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