葬儀Q&A

Q77 「直葬」とは?

 

Q.最近東京で流行している「直葬」とはどういう葬儀ですか。(72歳女性)

A「直葬」は「ちょくそう」と読み、「お葬式をしない葬儀」のことです。
 以下、『現代用語の基礎知識2010』に掲載した説明をあげておきます。

▼直葬(ちょくそう)
葬式をしない葬儀の形態を直葬という。死亡後、斎場や遺体保管施設に24時間保管した後、いわゆる葬式をしないで直接火葬に処す形態の葬儀。火葬炉前で宗教者により簡単な宗教儀礼を行うことはある。2000年以降に都市部で急激に増加し、東京では20~30%、全国平均でも10%程度ある。

「直葬」は葬儀社によっていろいろ言われています。「炉前葬」「火葬式」「荼毘葬」などです。
 アメリカでも日本の告別式にあたるヴューイング[エンバーミングされた遺体を大理石等の棺(キャスケット、宝石箱が原義なだけに立派な棺)に入れて、一人ひとりが遺体と対面してお別れするもの]をしないで、エンバーミング(消毒、整顔、防腐、修復、化粧)をせずに火葬(クリメーション)する形態の葬儀を「ディレクト(ダイレクト)・クリメーション」と言うようです。

 日本では「火葬のみの葬儀」は、実は昔からあったものです。それは身元不明者や生活保護の受給者の葬儀で「福祉葬」と呼ばれたものです。
 今、葬儀の個人化や簡略化が進んだ結果、究極の「簡略化」である「直葬」が選ばれるケースが少なくありません。

 これには景気も影響しています。長引く不況が生活者の財布を圧迫し、葬儀にお金をかけられない人が増えたことです。「福祉葬」をせざるを得ない人、生活保護を受給はしていないが、単身者で身寄りのない人、縁者はいても遠縁なため引き取り手がない人も増えています。また、老夫婦のみの世帯で、遺された人の老後にいくらお金がかかるかわからないために、葬儀費用を抑制しようとする人もいます。

 地方自治体の場合、身寄りがない人がその地で死亡した場合には、葬儀をする(といっても最低限の火葬中心ですが)ことが定められていますが、地方自治体財政の危機から、身寄りのない人の遺体を献体登録者の少ない地方歯科大の解剖実習の素材として提供するようなことも行われています。

 しかし「直葬」が注目されるのは、「葬儀の費用がない」わけではなく、「葬式をする意味を感じない」という理由で、葬式を拒否する人が少なくないことです。
 それには本人が「葬式をされたくない」「葬式のためにお金を使うな」「葬式は周りに迷惑をかける」と言い残しているケースも少なくありません。
 また、家族が「葬式にお金を遣うのは無駄」「死者よりも生者にお金を遣うほうが有効利用」、中には「なんで葬式を出す必要があるのか、死んでくれてせいせいした」というケースさえあります。
「葬式をするよりも家族が死者の側に寄り添って時間を過ごしたほうが有効」と考える人もいます。

 かつて葬儀はタブーであり、地域によって執り行い方に暗黙のルールがあった時代では、本人や家族がどういう思いをもとうが、人並みの葬式が行われ、その費用も親戚や地域、関係者が「香典」を持ちよって負担したという時代がありました。だが、それもだんだん少なくなってきました。
 いいか悪いかを別にして、「葬儀の自由化」「葬儀の多様化」の時代が到来し、また縁者が葬式の費用も運営も負担してくれていた時代は終わりを告げようとしています。

 人は死亡すると、その遺体は腐敗するので、何らかの方法で遺体処理されてきました。それはチベットであれば「鳥葬」であったり、海岸縁では洞窟に遺体を置いたり、山の周辺に置いてくる「風葬」、木の上に柩を置くものや、そしてよく知られている「土葬」「火葬」などがあります。
 しかしそれで終わらず、何らかの「弔い」(それは文化や宗教により異なりますが)をしたのが一般的であり、それが死への文化的装置であった「葬式」だったのです。

 周囲の人間が死者を弔い、家族の悲嘆に共感を寄せる、それはきわめて人間的行為です。一人ひとりの人間の生を受け止め、それに対峙することが遺された人たちにも必要な行為だったのです。
「葬式不要」というのは、現代の弔い方、あるいは人のどこかに問題があるから、という気がしています。今は「死者との関係」が問われている時代のような想いをしています。

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