Q.今、ホテルに勤務しています。充実感に欠け、葬祭業なら悲しみを抱えたご家族のお世話、というホスピタリティを発揮できるのではないか、と考え転職を考えています。(27歳女性)
A 最初に「ホスピタリティ」という言葉を整理しておきます。
「ホスピタリティ」が大切な仕事は、かつてはホテルの従業員(ホテルパーソン)それにフライトアテンダント(飛行機の客室乗務員)が代表的仕事とされていました。
しかし今日では「お客に対してきめ細かなサービスが求められている」仕事ということでは、医療従事者、介護関係者、加えて葬祭従事者もそうです。「ホスピタリティ」は一般に「もてなし」と訳されていて、「人的サービスを提供すること」一般を指しても使われますが、ここにはもっと大切な意味があります。
元来「ホスピタリティ」とは「ホスピタル(病院)」から転じた語です。病院は「病気の人に医療を提供する施設」ですが、特に病気等で困っている人たちのための施設の意味で用いられました。ホテルも豪華さよりも、「苦難な道のりを歩んでいる旅人に今夜1泊の安心したねぐらを提供する所」という意味合いが源になっています。
したがって、「ホスピタリティ」は「マナーに富んだ接客」「好感を得るサービス」というよりは「(何らかの理由で)困っている、支援を必要としている人に対して、相手の身になって考え、相手が必要とすることを、思いやりをもって行う人的サービス」というのが本来でしょう。
葬祭業で「ホスピタリティ」が課題になったのは、90年以降です。
第1の理由。葬祭業の仕事の評価軸が変わったことです。かつては葬儀のための道具の提供、祭壇や外観を葬儀の場にふさわしく整えることに中心がありました。死者や遺族の世話は、宗教者、親戚、地域の人の仕事でした。葬祭業はどちらかと言えば「職人」の世界でした。
1970年前後から葬儀の仕事は少しずつ変化してきます。一つは人々の暮らしが豊かになり、豪華さが求められたこと、もう1つは、地域の人が高齢になりお手伝いができなくなり、その代替として、受付、会葬者や車両の案内・誘導、納棺等の遺体処置、遺体の搬送が葬儀社の仕事に加わった点です。町内会や親戚の仕事だったものも「プロに任せよう」と葬祭業者に委託するようになりました。今の「請負」の形が普通になりました。
90年代になると、遺族は「消費者」という意識を強くもつようになりました。葬儀の場所も80年代までは自宅が多く、大きな葬儀は寺で行ったものですが、今や斎場(葬儀会館)で葬儀をするのが普通のこととなっています。
第2の理由。「葬祭業者に大切なことを託す」ようになってみれば、葬祭従事者のお客に対するサービスレベルの低さ、お客をお客とも思わない態度が許されるわけではなく、自ずと変えることを余儀なくされたことです。各葬祭業者は競うようにして飛行機の客室乗務員・ホテルパーソン経験者から「お客に対する態度、マナー、言葉遣い、礼儀作法、接遇の要領」の研修を受けました。
接遇に関しては、20年前と今日とでは隔世の感があります。
葬儀は今や大きく個人化の道を突き進んでいます。葬儀が個人化すればするほど、葬儀における葬祭業者の役割は家族に近づきます。
極端に言えば、祭壇等に対する評価よりも人についての評価が厳しくなりました。
形態よりも「死者を弔う」「遺体をケアし死者の尊厳を守る」「遺族の心情に寄り添う」等の近親者等の喪の作業にとって重要なことを、けっして大げさにではなく、サポートすることが期待され、その質が評価を分けるようになってきています。
近親者が自ら死者と充分に向き合い、別れ、そして送り出すことの支援こそ必要なのです。それぞれ異なる遺族に寄り添うので一様ではありません。資質においては、人の心の傷みに対する豊かな感性や深い人間性が要求されるようになりました。
とはいえ、実際にホテルから葬祭業に転職すると、その違いも認識するでしょう。毎日のように死者に接するのです。それを「片づける」のではなく、誰も見ていなかろうと尊厳をもって接しなければいけないし、それが仕事です。最初は大きなストレスを抱えることでしょう。
また仕事に時間的な余裕がありません。それでもきちんとした仕事を求められます。接する遺族は混乱動揺にあります。けっして甘い世界ではないことを承知のうえで参加されることを期待しています。