Q.母は長男である息子(私の弟)が死に、がっくりきた末に父との離婚を決行しました。女性関係にだらしがなく、中身のない父を見限ったのです。母は私と同居していましたが、先年死去しました。今父は認知症で施設にいます。父にとって家族は娘である私一人です。そんな父でも葬式を出さなくてはならないのでしょうか。(62歳女性)
A 父親を尊敬できなく、嫌っている娘はたくさんいます。また近年は離婚件数は婚姻件数の約3分の1ですから、離婚も珍しいことではありません。高齢者の単独世帯は今や珍しいものではありません。一人親を抱えて困っている子どもも珍しくはありません。
でも、こんなことを言ったとしても、慰めにも、解決にもなりません。それぞれの家族にとっては平穏な環境が保持できないというのは大きな問題です。
かつては、結婚は女性にとって「永久就職」とも言われた時代がありましたが、家族関係が安定していた証左ではなく、女性が離婚すると経済的、社会的にたいへん不利であったことも影響していたでしょう。
「亭主関白」が許されたのも、社会が「家庭内暴力」に寛容すぎたせいかもしれません。
私の主観ですが、マスコミ等でも「理想的家族像」は20年前頃から姿を消していき、家族の抱える問題がさまざまに取り上げられるようになりました。
男性中心の価値観が短期間に崩れてきています。その結果、離婚、離職を体験した男性に、社会的な弱者が多いと指摘されるようにもなっています。
男性の一人としては「中身のない父」と言われるとドキッとします。しかし、言い訳ではなく、「いい父親だけがいるはずがない」と思います。「いい母親だけがいるはずがない」と同じくです。
人間は多様、多彩です。それはいい方向だけではなく、悪い方向にも幅広く展開しています。
でも、「それでは存在の価値がないか」と言われれば「違う」と思います。人間というのはそれだけ幅をもっているのです。
まして認知症になるのは本人の責任ではありません。認知症になった人間に、過去の反省を求めることは不可能です。
確かに認知症の親の世話をすることはたいへんです。他人だったら笑って「仕方がない」と思うことでも、親であれば赦せないこともあります。
第三者の立場では、未成年児に対する親の扶養義務を課すように、子どもに認知症の親を世話し、葬る義務まで課すことはできません。しかし、同様に「しなくてもいいよ」とも言えません。
今、お父様は施設に入っている、ということですから、生命の安全は一応保全されていると思われます。したがってお父様の世話をしないからといって「保護責任者遺棄罪」に問われることはないでしょう。
もしお父様が施設で亡くなった時には、施設はあなたに遺体の引き取りを要請するでしょう。しかし、引き取りを頑なに拒んだ場合、施設は死亡地の市区町村に引き取りを要請し、引き渡すでしょう。
市区町村は遺体を引き取ったうえで、娘であるあなたに遺体の引き取りを要請するでしょう。いつまでも拒んでいると遺体は傷みますので、市区町村はとりあえず火葬にして、遺骨の引き取りをあなたに要請するでしょう。
それでもなおあなたが遺骨を引き取らなければ、市区町村は仮に一時納骨して預かる形になるでしょう。
費用は市区町村が福祉葬扱いで約20万円程度立て替えますが、あなたが生保護受給者でなければ、あくまで立て替え扱いになるでしょう。
あなたがお父様のお葬式をしない、ということは、施設、市区町村からの複数回の引き取り要請を受け、拒み続けるという場面が訪れるということです。お父様にごきょうだいがいて引き取るということがあれば別です。しかし、あなたが唯一の肉親であれば、拒否ということもけっこうたいへんなことだということは理解しておく必要があります。
もし、あなたに精神的な余裕がいくばくかあるならば、亡くなった場合には施設から遺体を引き取るほうが、あなたの将来にとってはずっといい結果になるように思います。
よく事情を知らない第三者としては、死者になってまで親の責任は問わないほうがよかろうかと思います。悪口、文句は溜め込まないで吐き出したらいいと思います。それは思う存分なさるのがよかろうと思います。