新門随想

(36)それからの納棺夫日記

 

 拙著『納棺夫日記』は一九九三(平成五)年に上梓してから一五年間で、桂書房の『納棺夫日記』と文春文庫の増補改訂版を合わせて、一五万部売れていた。本が独り歩きして一年に一万部ずつコンスタントに売れていた。独り歩きと言ったのは、読者の口伝てでロングセラーとなっていたということである。私は読者に感謝し、有難いことだと思っていた。

 ところが映画「おくりびと」がアカデミー賞を受賞すると、予想もしなかった事態が起きた。数週間で四〇万部売れたのである。マスコミの影響力に驚くとともに、なんだか不安な気持ちになった。

 案の定、インターネットのブログに、マスコミに煽られて衝動買いした読者の感想文が見られるようになった。そのほとんどが、「映画を見て買ったが、がっかりした」とか「最初はなるほどと思って読んでいたが、後半は難しくてわからなかった」とか、「納棺夫の本かと思って買ったが、宗教書だった。買って損した」とか、中には「宗教のことなど書くな! 金返せ!」といったものまであった。

 また、当初伏せてあったが、原作者が私ではないかとマスコミが押し寄せてきた時、記者たちから「なぜ原作者であることを辞退したのか」という質問攻めにあった。私は宗教がカットされたからということを繰り返し答えていた。しかし、紙面に載った記事には、そのことが一行も書かれていなかった。NHKの「クローズアップ現代」の取材でもそうだった。三時間もかけて収録したのに、実際に放映されたのは三〇秒であった。私は死の実相を知ると必然的に宗教に至ると言って、「人間には宗教が必要なのです。宗教を排除すると、いのちのバトンタッチが失われるのです」といった趣旨のことを三時間も話していたのであった。

 私の本を衝動買いした若者も、マスコミの若い記者たちも、宗教に関する知識も興味ももっていないことを知った。そんな人たちを前にして私は宗教のことを熱っぽく語っていたのであった。これが葬式の八割近くも仏教葬で行われているわが国の現状だと思うと、私は淋しい思いがした。

 鈴木大拙師は、昭和一九年に著した『日本的霊性』の中で、「享楽主義が現実に肯定される世界には、宗教はない」と書き残しておられるが、今日のわが国は快適と快楽に満ちた物質文明社会となっている。大拙師の言葉どおり、真の宗教が育たない社会になっているのである。

     *
 私が納棺の現場で、死者たちから教わったのは「いのちのバトンタッチ」の大切さであった。だから臨終の場に立ち会うことの大切さを機会あるごとに訴え続けてきた。
 しかし私の思いがほとんど伝わらなかった。

 私が、宗教のいういのち、即ち〈永遠のいのち〉のつもりで話していても、人々は個の命、即ち自分が生まれてから死ぬまでの命のイメージで聴いていた。また私が、キリストやブッダがいう光、即ち永遠の光のことを話していても、人々は遮断物があると影ができる太陽やローソクの光をイメージして聴いていた。「いのちのバトンタッチ」と命をひらかなで〈いのち〉と書くのもそのためだが、独り善がりの虚しさだけが残った。

 死の実相がわかれば、宗教がわかる。納棺の現場で私はそのことを、死者たちから教わったのであった。死者たちが死の瞬間に垣間見せる〈いのちの光〉のことを何とか人々に伝えることができないものだろうかと思い続けてきた。その思いが昂じて、このたび『それからの納棺夫日記』(法藏館刊)と題して一冊の本にまとめて発刊することとなった。

『SOGI』139号 青木新門

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