自分らしい葬儀のデザイン

第3回 死を考える

 

■お通夜の本当の意味
 
 お通夜の時には日本では黒を着ることが流行っていますけれども、かつてはお通夜の時は黒を着なかったんです。それからお通夜の時は香典を持っていかなかったんですね。
 それはなぜかと言うと、死の受容の問題なのです。法律的には、死は医師が決めます。死亡を判定し死亡診断書を発行するとか、そういう形で医師が判定するわけです。ただし、遺族というのはなかなか死を受け入れられないものですよね。
 僕の友人の場合、若くて死にましたので、本当に信じられない思いでした。なんとか生き返ってほしいという気持ちがありました。そういうものです。
 
 お通夜の期間というのはいろいろありますが、日本の葬儀システムでは、亡くなった方を生きているかのように扱っている時間なのです。枕経をあげているのは、死んだ人にあげているのではなく、生きている者としてあげて、あの世に行くのにいろんな教えをお坊さんが語りかけているんです。また、お通夜でいろいろ食事なんか出すのは、周りの人に差し上げているように思いますけれども、実は亡くなった方に差し上げて、看護して尽くしている。ですから、かつては東京ではお通夜に香典なんか持っていったら突き返された。これは東京だけではなく各地であります。中部地方には、今でもお通夜の時に香典を出す場合には「お見舞い」と書くところがあります。なかにはご丁寧に「病気見舞い」と書きます。
 
 そしてお葬式の時に初めて黒を着ていく。お通夜の時に、夜通し看病したり何だりしても、やっぱり生き返らない。無理やり自分たちの心のうちで断念して、みんなで送ろうという形でお葬式をしていたのです。
 その境が近年特になくなりました。お通夜からもう正式な葬儀が始まっています。ですから、遺族にとっては家族の死をどういうふうに受け止めるかということに対する時間的余裕がだんだん少なくなってきている。以前はお通夜は本当に親しい人だけが来て、葬儀・告別式はみなさんが来てお別れをしていた。今はお通夜の時からたくさん来ますから、遺族が本当にゆっくり死者に向かう時間がとれないでいます。
 
■死は体で感じるもの
 
 いま病院で亡くなる方が全国的に75%です、自宅以外で亡くなった方が80%を超しています。15%程度の人しか今は自宅で亡くならないですね。自宅で亡くなる場合も大変ですし、病院で亡くなられる場合も病院に通って看病したり何だりで、特に女性の方はいろいろ大変なんです。
 身体的にだけではなく、家族が亡くなるとやっぱり心にものすごいダメージを受けますよね。ご家族あるいは配偶者、お子さま、いろいろな形で亡くなられたご経験がおありの方もいらっしゃると思います。死というのは頭でわかるもんじゃないですね。体で感じることなんです。
 
 私の父の話を先ほど申し上げましたけれども、3年間寝たきりでして、脳梗塞のため喋り口はおぼつかないのですが、頭ははっきりしていました。何かというと呼び出しまして、「お前、葬儀はこうやるんだ、覚えておけよ」とか、「骨はどこに納めろよ」とか、「どういうやり方をしろ」と、何回もくどいように言ってました。本がたくさんあった人間ですから、「自分の本はあそこに寄付したい」とか、いろいろ細かいことまで言っていました。
 最後まで「延命治療はいっさいするな、病院に入れるな、点滴はどんなになってもするな」と言っておりました。1ヵ月前の12月初めに「俺はあと1か月後に死ぬ」と言い出し、正月の料理を食べて後に食べられなくなりまして、本人の言のとおり、1ヵ月後に死にました。もう自然に死んだ。それも、訪問看護婦さんが来ていろいろやっていただいた直後に死にました。きれいにしてもらって息を引き取りました。
 
 われわれ家族もそういうことで、親の死ということを頭では覚悟して理解していたつもりでした。親はこういうふうに送ってあげよう、と事前には冷静に考えておりました。ところが、いざ死にましたら、やはりこんな親不孝な息子でも体が震えましてね、どうにも冷静になれない。しかも困ったのは、父親のことですからよく知っているわけですし、いやになるほど知っているはずなのですが、その瞬間、どういう顔の表情をしていたか、普段どういう口振りであったのか、ショックで一時的にすっかり記憶喪失になってしまいました。本当に訳がわからなくなってしまいました。
 その他、感情の起伏が大きくなりますね。親しい人が来てちょっと優しい言葉をかけられるものなら、ポロポロポロッと涙が出ますし。兄弟でも何かちょっと気にくわないことがあるとカッカッと怒りますし。誰かが冗談を言ったら、それでワーッと笑いころげる。自分でもどうなんだかわからないような状態になりました。
 
 よくお葬式で、たとえばお子さまが親を亡くして泣いている。だけど叔父さんが来てお酒を飲んで騒いでいる。それで子供は「あの叔父さんたちはいやだな、今の席を何と心得ているんだろう」と非難します。その叔父さんたちからみると死者は兄弟なんですよね。兄弟が死んでいるんです。叔父さんたちにも兄弟を喪ったショック、悲しみがあるんです。ただし、表現の仕方がわからないものだから、気分的に高ぶってああいう形でバカ話したり騒いだりしているのですね。そういう場面はよく見ます。
 
■喪の話
 
 いま、葬儀を死後の2~4日の行事ととらえている人が多いですね。しかし、中世には四十九日までを葬儀ととらえていたようです。喪ということです。かつての喪は、遺族は死の穢れに染まっているので、遠慮して外出を控えて家に籠もる期間と理解されていましたが、もう一つの意味は、家族との死別の悲嘆が大きい遺族の心情を配慮して、死者の弔いに専念していい期間を社会的に保障したということであると思います。喪中を1年ととらえるか、あるいは2年、3年ととらえるか、はありますが、亡くなった人との関係で本来は変わるべきものです。配偶者を亡くしたり、子どもを亡くした場合には、1年経過しようと元気になれるわけではありません。こうした遺族の悲しみを配慮するということが、喪の習慣が崩れ、「喪中はがき」のように形式化することによって、どんどん失われていることが心配です。
 死というのは本人だけが体験するものではないのです。体験ということであるならば、それは遺族が体験することなのです。葬儀とは死別の体験のプロセスの一つでもあるのです。

(本稿は、2000年10月9日北海道北広島市で行った講演を加筆修正しました)

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