子連れ無理心中―個から見た死と葬送(16)

子連れ無理心中 こういうニュースがいちばん怖い。 しかも記事はいつも中途半端だ。そこに至った経緯を想像しようとしても何も見えてこない。 でもそのニュース記事を書いた当の記者にもそれ以上は書けなかったのだろう。警察が発表した以上の情報はないのだろう。 おそらくそれを探ったならば、1日はもとより数日でも済まないだろう。半年あってもその真実はわからないだろう。また、仮にわかったとしても、それを明らかにすることは死者に対してどうなのだろう。多くの者が傷つくだろう。しかし、そこにはもしかしたら、第三者としてではなく... 続きを読む

戒名問題の視点―戒名、布施問題の多角的アプローチ③

「戒名」に関する問題 戒名についての社会的関心の一つは、「戒名料」に係わる問題である。   これは生活者の関心である。近年は僧侶派遣のネット事業等が「戒名料の定額化」を打ち出し、仏教会がこれに反発するという構図になっている。 これはそのまま仏教寺院の財政基盤に関する問題である。 「戒名料とは言わない」というのが仏教会および各教団の立場である。そもそも「戒名料」と言われるようになったことが問題なのであり、これが戦後の高度経済成長以降の主に都市における「社会的」問題の一つである。 かつてこの議論があ... 続きを読む

「終活」ブームのコンテキスト

記者さんから問い合わせがあったので、かつて雑誌に書いた記事を以下紹介する。2年前くらいに書いた記事だが、今でも有効だろう。 「終活」は「就活」をもじって週刊朝日が名付けたことから言葉として流行した。あまり好きな言葉ではない。 以下、が元の記事。 『SOGI』通信 No.69 「終活」という言葉は『週刊朝日』が2009年に連載した記事名「現代終活事情」が最初と言われる。2010年6月に連載のまとめとして刊行された週刊朝日MOOK「2010終活マニュアル」のタイトルは『わたしの葬式 自分のお墓』となっている... 続きを読む

「家族葬」における「家族」とは?

「脳死」が出て「心臓死」という言葉が流通するようになったと同じく、 「家族葬」が流行することで「一般葬」という言葉が使われるようになった。 しかし「一般葬」という言葉はあまり好きではない。 葬儀というのは本来死者や家族によって個別固有なはずなのに、と思うからだ。 大体「家族葬」という言葉はブレのある言葉だ。 出現した時はバブル期までの葬儀への反発から出てきた言葉だったように思う。 バブル期の末期には、普通の個人葬で200~300人の会葬者を集めた葬儀が珍しくなかった。 そして会葬者の7割程度を生前の死者を... 続きを読む