掃除のプロは寺にいる

家にいると、今までやらなかったことを普通にやるようになる。

といっても、ほんの少しだが・・・

いつも10時には四畳半に籠る。
その前の、かつては車に乗っていた時間が空く。

昨日ははなれの窓ふき。
今朝は座敷、玄関、廊下…
昭和初期の建物なので障子が多い。
はたき(といっても昔のものとは違うが)をかけ雑巾で枠や柱を拭く。

地方に行かない時は事務所に朝から夜まで祝日、土日関係なく籠る生活だったから、普通家で当然やっていたことをまったくやっていなかった。
家にいるようになったので、あたりまえにやるようになった。
といっても30~40分くらいの話。

「掃除」といえば過去に感心したのは
その手際のよさ、集中力、速さ、それでいて細部の配慮・・・
ぴか一はお寺の人たちである。

坊さん連中は掃除のプロである。
もっとも私ができなすぎなのかもしれないが…
見ていてほれぼれする。

食器洗いでも、私がちょこっと手を出したら、
「それダメ。食器の底もきちんと洗わないと」
と叱られたことがある。
檀家の女性陣からだ。
速さ、力強さ…見事なものだ。
「じゃま」と言われて、寺の台所から追い出されたことがある。

掃除をしながら、そんなことを思い出していた。

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投稿者: Hajime Himonya

碑文谷 創(ひもんや・はじめ)/ 葬送ジャーナリスト、評論(死、葬送)、 元雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)/ 【連絡先】hajimeh46@nifty.com/ 著書 『葬儀概論(四訂)』(葬祭ディレクター技能審査協会) 『死に方を忘れた日本人』(大東出版社) 『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫) 『Q&Aでわかる 葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)  『新・お葬式の作法』(平凡社新書) ほか/