散骨の島 カズラ島

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「散骨の島」として知られるカズラ島について、本日(2018年5月20日)の朝日新聞に作家である重松清さんと訪問した
(視界良考)重松清さんと @自然葬の島

https://digital.asahi.com/articles/DA3S13502356.html?iref=pc_ss_date

が載っている。

 

カズラ島のことはもっと知られていい。
島根県隠岐の海士町にある無人島カズラ島。
ホームページ
http://www.kazurajima.jp/

 

私はカズラ島については2010年に取材して雑誌『SOGI』に書いている。
当時のものであるが当時の掲載写真とともに再掲しておく。
散骨(自然葬)についての議論も簡単であるが整理している。

 

レポート

現代の霊島 散骨の島

隠岐の無人島カズラ島訪問記

■カズラ島

隠岐諸島は、日本海にあり島根半島の北方約50キロにある。

島根県に属している。

昔は隠岐国という自立的な地域であった。

隠岐は島前と島後に分かれる。

島前は主に知夫里島知夫村)、中ノ島海士町)、西ノ島西ノ島町)から成り、島後は島後島隠岐の島町)。

小島を入れると180島くらいから成るという。

今回の主役は島前にあるカズラ島。

海士町の諏訪湾入り口にある無人島である。

ここ一帯は大山隠岐国立公園の「第一種特別地域」。

将来も無人島であることが約束されている。

内海にあるため海面は穏やか。

対岸の慰霊所からカズラ島を望む
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隠岐は遠流の地として有名。

13世紀には後鳥羽上皇が流され、この地で最期を遂げている。

また、隠岐は日本と中国、朝鮮半島の交易の地としても歴史に刻まれる。

■散骨(自然葬)を巡る論議

散骨が市民団体葬送の自由をすすめる会の手で「自然葬」と名づけられて相模湾で行われたのが1991年のことである。

その後、散骨(自然葬)は徐々に市民権を獲得し、今では「葬送を目的として相当の節度をもって行われるならば違法ではない」という法解釈が定着している。

各種の調査を見ると、「散骨をしたい」とする意見は15%程度であるが、「本人の希望であれば」等の意見を含めると約7割の人が理解を示している。

「理解している」「反対していない」が約7割というのが国民感情を表しており、刑法190条遺骨遺棄罪に該当していないとする数字的根拠である。

といっても無原則で認められているのではなく、「相当の節度」が求められている。

ここでいう「相当の節度」とは、①遺骨を細かく、原型がわからないまでに粉砕し、②生活用水として住民が使用している河川、養殖場や海水浴場など風評被害が起こる可能性のある土地を避けて行う、ということである。

「散骨が違法ではない」というのは、こうした基本的条件をかなえた場合に限るので、そもそも無条件ではない。

だが「相当の節度」を弁えない散骨もあり問題を発生させた。

北海道の長沼町では住居に近い公園の木々の根元に原型が残る遺骨を撒き、地域住民の反発を受け散骨禁止条例ができた。

この風評被害を恐れ、秩父市、御殿場市、岩見沢市等のいくつかの市区町村で散骨の禁止、制限の条例化が行われている。

長沼町の例で見れば、最初に墓地として申請した業者が、許可を得られなかったので、その地を公園とし、「散骨であれば墓地である必要はない」と勝手に理解し、公園内の木々の根元に遺骨を細かく粉砕することもなく撒いた。

これを「散骨樹木葬」と称した。

これを周囲の住民が発見して騒いだのが条令制定につながった。

長沼町のケースであれば、節度を全く弁えずに行った業者の行為が批判されるべきで、つまり散骨の方法が問題とされるべきで、散骨そのものの是非として論じられるべきではなかった。

長沼町のケースが教えてくれたのは葬送が住民の素朴な感情と折り合いを丁寧につけることの必要性であった。

だから散骨禁止条例を作り上げた住民が批判されるのではなく、そこまで住民を怒らせた、配慮なく遺骨を放置して「散骨樹木葬」なるものを行った業者が批判されるべきなのだ。

■島全体が霊場

隠岐のカズラ島は「日本初の専用散骨所」というネーミング、あるいは「自然散骨所」というネーミングが注目されるのではない。

海士町の住民との息の長い話し合いがあり、隠岐の国立公園という環境を維持しながら、隠岐の人あるいは隠岐出身者の永眠の地を確保しようという合意に向けた努力がなされたということである。

カズラ島に接近
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無人島カズラの自然は最大限確保し、むしろその未来を考え、散骨の時だけの上陸、その通路を恒久的なコンクリートではなく、木材によるものとしている。

カズラ島の仮設接岸
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島の自然を守るため島への上陸を制限している。

また、追悼はちょうど真向かいの対岸の慰霊所で行う。

慰霊所に実際に行ってみて驚くのは、慰霊所からカズラ島が正面にくっきりと姿を現すことである。

地図で見るよりも近いのだ。

誤解を避けずに言うならば、慰霊所から見えるカズラ島全体が「ハカ」に見えるのだ。

散骨は「ハカ」の体内に分け入り、その体内に同化できるように撒き、そして出て、「ハカ」全体を拝む如きなのだ。無人島カズラ全体が自然の造った霊廟の如くあるのだ。

島内には地蔵も
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そして隠岐の人が隠岐から出て行った人の遺骨を迎える場所として、跡継ぎがいない人のためにも、また、全国の人も受け入れる場所として設けた霊廟なのだ。

島の頂上散骨場所

白く見えるのが先日家族揃って撒いた散骨痕
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カズラの位置は孤島ではない。

隠岐の島々に抱かれているようにしてある。

隠岐をもっと大きな生命体としてとらえるならば、隠岐があらゆる死者を受け入れているが如く感じるのだ。

地元の人々と丁寧に協働して散骨の島カズラは作られて行っている。

島から慰霊所を望む
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海士町にある共葬墓地

古い墓石と新しい墓石が混合してある
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問い合わせ先

㈱カズラ
島根県隠岐郡海士町福井847-1
電話08514-2-0642
東京支店
東京都板橋区船渡4-16-11
電話03-5970-4149
http://www.kazurajima.jp/sankotsu/index.html

㈱カズラの当時のスタッフ。取材には設計家の杉山昌司さんも同行したImg_3871_3

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投稿者: Hajime Himonya

碑文谷 創(ひもんや・はじめ)/ 葬送ジャーナリスト、評論(死、葬送)、 元雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)/ 【連絡先】hajimeh46@nifty.com/ 著書 『葬儀概論(四訂)』(葬祭ディレクター技能審査協会) 『死に方を忘れた日本人』(大東出版社) 『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫) 『Q&Aでわかる 葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)  『新・お葬式の作法』(平凡社新書) ほか/