腰を傷め動けない

■急に腰が

まいった。
先週の土曜日の(20日)の晩、窓を開けたまま、口を開いたまま寝たせいなのか、風邪をひき、すぐ市販薬を飲んだ。
少しよくなったので月曜日には大坂日帰りし、火曜日は医者に行き、大量の風邪薬をもらった。
この時期、盆が近いので季節的に原稿依頼が多い。終日パソコンに向かう。
少し改善が見られたので木曜日の講義は休まず行い90分×2(90分の講義→10分の休憩→90分の講義)を立ちっぱなしでしゃべりつくした。

翌26日金曜日は終日原稿書きをした。
その夜、喘息で一晩苦しめられた。
身体全体で咳をする状態が一晩続いた。

翌朝、腰に強烈な痛みが。
身体が自由に動かせない。
動かすとピリッと痛みが走る。
ラジオ体操の身体の屈伸すら無理だ。

私は30、40代に計4回ほどギックリ腰を経験している。
急に起こる。
後ろにあるものを取ろうととして手を伸ばした瞬間、とか。
だから整体、ハリ、カイロ、といろいろ回った経験がある。

60代で再び起こした時は整形外科に行った。
その治療はあまり効果あるものではなかったが、薬は痛みがとれ効果的だった。

今回、27日土曜日朝にあまりの痛さに近所の接骨院に行った。
30人ものスタッフを抱える大きなところ。

若い男性担当者が丁寧に見てくれた。
「身体が固いですね」
自慢ではないが昔から固い。
地方のホテルでマッサージを頼むと
「背中が亀の甲羅のようですよ」
といわれるのはたびたび。
但し、自覚症状が普段はあまりないのでメンテナンスはしていない。

丁寧に解説付きで処置された。
急にいろいろやると危険なので、と加減してくれた。
湿布を大量に渡され、月曜に来院するように言われる。

少し解けた感じが痛み感を強めたのだろうか。
帰宅すると痛みが半端でない。
身体の自由は完璧に失われた。
前の整形外科からもらった消炎剤は残っているかな?と考える。

■拷問的指圧

夜シャワーを浴びると、妻が私の部屋にきて、寝室の布団に寝るよう促す。
身体を移動して寝る、という動作だけでも重作業。
「まちがった、俯せになれ」というのだが、半身を起こし、俯せになる作業が痛みで気が遠くなる作業。

脚を下から上へと揉んでくれるのだが、「殺すのか!」と思わず悲鳴をあげるほど。
終始ヒーヒー、イタイをいいながら指圧を受けた。
終わってもしばらくは起き上がれない。

やっとの思いで立ち上がり、自室の窓を閉め、パソコンをシャットダウンし、電気を消し、居間に戻り、夜寝る前の薬を整理し、飲む(薬中に加え風邪薬が加わっている!)。
毎日は何でもないこの作業が、とてつもないものに感じらえる。
布団の上に横たわること自体もたいへん。
老齢者にはベッド、という意味が実感される。

■少し改善、そして考える

昨晩はその前の晩、一晩中喘息に苦しめられたのに比べると、咳で起こされることがないではなかったが、結構途中で自分の咳で目を覚ましたが、比較的楽に済んだ。

今朝はまだ痛いことは痛い。
特に右側は鋭い痛みがはしる。
前かがみで、ゆっくりゆっくり足を運ぶ。
ときどき痛みで顔をしかめる。
動作ははなはだスローである。
でも明らかに昨日の地獄のようなさまとは異なる。
昨夜の妻の拷問、暴力的せめのごとき治療の効果があったということだ。

昨日、そのようなひどい痛みと身体の自由を奪われた中で考えた。
いまの私はいずれ回復するであろうが、父の晩年の5年間がそうであったように、私も身体の不自由が日常となるのであろう、と。
父がそうであったように、身体は痛みに支配され、動けないのに頭はクリアであった。
しかし、これはあてにならない。
母は認知症を16年間続けたのだから。

いま経験している辛さは、客観的には大したものではない。
あくまで一時的であるからだ。
ただ痛みに弱い、忍耐力の欠けた人間である私にはツライというだけのことである。

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投稿者: Hajime Himonya

碑文谷 創(ひもんや・はじめ)/ 葬送ジャーナリスト、評論(死、葬送)、 元雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)/ 【連絡先】hajimeh46@nifty.com/ 著書 『葬儀概論(四訂)』(葬祭ディレクター技能審査協会) 『死に方を忘れた日本人』(大東出版社) 『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫) 『Q&Aでわかる 葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)  『新・お葬式の作法』(平凡社新書) ほか/

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