ミーハーだから

きょうは大阪行き
新幹線の中から更新です。

フライデーを買いました。
議員の細野さんと山本モナさんのキス場面の写真
きれいな隠微さとは無縁でした。
片方が議員で妻子があろうと、これは恋愛でしょう。
これはスキャンダルではない、男女の恋愛です。
したがってプライバシーである、というのが私の結論。

ミーハーですから、こういうニュースはすぐ飛びつきますが、あくまで興味本位
有名人であろうとなかろうと、既婚であろうとなかろうと、それは当事者が考えることで他人が非難することではありません。
嫌いなのは鬼の首を取ったような顔し、善人面して他人の非難をする奴
こんなところで道徳を振りかざす奴

個人的な恋愛で、家庭騒動があろうとあくまで当事者の話、政治家としてやキャスターの資質を問われる問題ではありません。

この件に関しては、私は無責任な興味本位の人間ですし、多くがきっとそうでしょう。
そういう人間がいるから雑誌が売れるのだと言われればそのとおり。
但し、道徳の仮面をつけて非難するほど低俗ではないつもりです。

自分に降りかかる問題、パブリックな問題、犯罪に関わる問題ならともかく
当事者でもない人間が他人の恋愛を非難することがいかに品性が卑しいことか。

マスコミはこういった問題では軽々とプライバシーの壁を越えます。
フライデーのような遊びの媒体が楽しく伝えるならまだいいですが、大マスコミまで、しかも道徳家の仮面をつけて非難するのはあってはいけないことです。

他人のプライバシーに対する矜持が必要です。

恋愛は昔からスキャンダルの対象でしたが、つまり多くの人(私のような)興味本位の関心の対象でしたが、これは重要なプライバシーです。
他人の恋愛を非難し、その仕事を葬り去るなんて、まさに悪行以外の何ものでもありません。

細野さんと山本さんの恋愛が他人がいい悪いの評価を下すべき問題ではないのです。
悪いのはそれに乗じる軽薄、低俗な輩です。

ニュース23で山本さんの顔を見られないのも辛いし、テレビタックルで細野さんの元気のいい発言を聞けないのも寂しいことです。
頼むから有為なタレントを低俗な道徳家が葬ることはやめてほしい。

倫理の問題はあくまで当事者間の問題と社会的な問題とを峻別すべきなのです。
これを峻別できないのを退廃と言います。

言っておきますがセクハラは犯罪です。
しかし男女の自由意思に基づく恋愛は既婚未婚にかかわらずプライバシーです。

先日のNHKの「新トーキョー人の選択」の収録で嵐山さんと私がぶつかったことを、彼が『週刊朝日』で暴露していました。

彼が「葬儀国営化論」を唱えたので、私は「そんなバカな」と応じたのです。できっこないことではありますが、公営化なんて「葬送の自由」という基本的権利をないがしろにするものだからです。

葬儀料金は不明朗だと言われますが、消費者意識も芽生えてきて、この間だいぶ変わってきています。
安けりゃいいなら「直葬」で20万円からあります。
もっとも葬儀料金の実質が道具等のハードの部分が4割以下、ソフトの部分が6割以上になっているのに、料金項目ではあいかわらずハードの品目しかならんでいないのは問題です。

これを変えるには葬祭業者が提供するサービスの内容をきちんと認識し、これを消費者に伝える努力をすること
もう一つは消費者の葬儀サービスへの認識を改めることです。
葬儀社に求めるのは祭壇を飾ったり、道具を提供してくれることだけではないはずです。

かつて葬祭業者の集まる会合で
「遺族の求める葬儀サービス」
について話をしたところ、ある方が
「サービスはただである」
と反論されました。
善意の葬儀社なのですが、こうした意識ではこれからの時代はだめだと思います。
無料のサービスでは責任は問われません。
有料のサービスであれば責任が発生します。
ただより高いものはないのです。

いまの葬儀料金を巡る議論の中には
帝国ホテルに泊まってカプセルホテルより高いと文句を言う
カプセルホテルに泊まり帝国ホテルのサービスがないと文句を言う
このような文句がおかしいと思われていないところがあります。

一部にカプセルホテルなのにうちは帝国ホテルよりこれだけ安いと宣伝したり
ビジネスホテルなのに帝国ホテル並みの料金を取ったり
そんな業者がいないわけではないので消費者は注意する必要があります。

一般的に言うならば、料金が不明朗と言うより、サービスの内容開示が不十分なのです。
情報開示
これが葬儀業界の課題であると思います。

嵐山さんも葬儀社へ300万円、お布施で100万円以上「支払った」ようですから、かなり上等な葬儀をなさったようです。
そもそもお金のない人はそんな上等な葬儀は出せません。

いつかラジオに出演したときディレクターの女性が
「祖母の葬式で1千万円とられた」
と言っていました。
「それで困ったの?」とたずねると、そんなことはないとのこと
1千万円の葬式なんて超高級です。普通の人に葬儀社はまちがっても勧めません。
言われても普通の人は選択しません。
要は「それだけかけた」という自慢を「取られた」と表現しているのです。
払えない人に高い葬儀を勧めるのは問題ですが、払える人に高い葬儀を勧め、受注できたというのは葬儀社の営業力を評価すべきです。
1千万円の宝石を買って「1千万円取られた」と言っているようなものです。
そもそも普通の人は1千万円の宝石の売り場に近寄りません。

新幹線で退屈しているので戯言を申しました。
さ、気分を入れ替え、講演の準備です。

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投稿者: Hajime Himonya

碑文谷 創(ひもんや・はじめ)/ 葬送ジャーナリスト、評論(死、葬送)、 元雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)/ 【連絡先】hajimeh46@nifty.com/ 著書 『葬儀概論(四訂)』(葬祭ディレクター技能審査協会) 『死に方を忘れた日本人』(大東出版社) 『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫) 『Q&Aでわかる 葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)  『新・お葬式の作法』(平凡社新書) ほか/