福岡から葬式を考える

昨日、電車の中から見た夕陽は大きく、美しかったです。
窓にへばりついて夕陽を目で追っていました。

母に会ってきました。
今月で93歳、歯も丈夫で何でも食べるし、外を歩くこともできるし、この3年間医者知らずと外見は元気です。
いかんせん認知症が進んでいます。
おかしなことを言うわけではないのですが、直前に言った、したことを忘れます。
夜と朝を取り違えることもあります。
でも息子である私はしっかり覚えていてくれたので、安心しました。

飛行機、電車の中で本を読みながら考えていました。
それは

葬式の重要性です。

身近な者が死んだとき、

末期の水、安置、納棺、通夜、葬儀、お別れ、出棺、火葬、終わった後の会食、仏教では七日ごとの法事で四十九日

と続く一連のプロセスは死の受容にとって大切です。

このプロセスを丁寧にたどることが遺族の最初のグリーフワークになるのです。

また、葬式があまり閉じられるのも問題です。

グリーフは本人と親しい家族以外の人にもあるのです。
そのグリーフを抱えた友人・知人は葬式に参列し、死者を弔うことで自らに区切りをつけることができます。葬式が閉じられ、参列できないときは、その悲嘆は出口を失います。

葬式のプロセスに家族はお客様ではなく、当事者としてかかわり、ねんごろに弔うこと
葬式は弔いたいと思う人に閉じられることなく行われること

このことが持っている意味をもう一度確認すべきではないでしょうか。

また、僧侶等の宗教者や葬祭業者はまず、

「ご愁傷さまでした。大変でしたね」

と声をかけて、遺族が心にあることに耳を傾ける機会を是非つくってほしいです。

枕経や葬儀の打ち合わせのときに

また、通夜や葬儀後の会食で故人の思い出話をみんなですることは大切なことです。
それぞれの思いを口に出すことは大切ですし、他人の思いを聞くことも大切です。
但し、故人や家族の非難・中傷にならないように、誰かがコントロールする必要があります。
昔はこれが親族の長老の役割でした。

葬式というのはグリーフプロセスの始まりでしかありませんが、大切な第一歩なのです。

昨日、しみじみと考えました。

夕べ酔っ払って携帯から更新した内容は削除しました。
これはホテルでパソコンを借りて更新しています。

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投稿者: Hajime Himonya

碑文谷 創(ひもんや・はじめ)/ 葬送ジャーナリスト、評論(死、葬送)、 元雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)/ 【連絡先】hajimeh46@nifty.com/ 著書 『葬儀概論(四訂)』(葬祭ディレクター技能審査協会) 『死に方を忘れた日本人』(大東出版社) 『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫) 『Q&Aでわかる 葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)  『新・お葬式の作法』(平凡社新書) ほか/