昨日は遠征
東京ではなかったのですが、初雪を体験しました。
といっても積もるほどではなく、飛んでいる感じですが。
今頃に「初雪」、などと言っていると北海道や青森などの雪国の方にはちょっぴり罪悪感があるのですが。
着いた駅から10分少々でしょうか、歩いているときに刺すような冷たさではあったのですが、飛んでいる雪に「初雪だ!」と小躍りしてしまいました。
片道5時間、滞在5時間、往復15時間の短い旅行で、近くに観光地があるにもかかわらず素通りの、相変わらずのものでしたが。
車中の風景にはいつも東北の田舎の風景とだぶらせてしまいがちです。だが、行った先は近畿、田舎の家でも瓦が立派、差を感じました。
寺墓地の墓も立派。
「文藝春秋」の「見事な死」を読んだものですから、話は「どんな死に方をするかわからないもの」という出だしで始めてしまいました。
このところ会う方に「お元気ですか?」と問われます。
ブログで多少大げさに不調を言っているせいでしょうか。
「ええ、おかげさまで」
と答えるのが常です。
外出する折は薬を服用しているので、気も充実していて、自分でも元気だと感じています。
東京も今朝は寒く感じました。冬なのですからあたりまえですが。
暑いのも寒いのも苦手というふやけた人間だとつくづく感じます。
でも子どもの頃の凍えるような冷たさ、寒さ、吹雪の日々に何か懐かしさも感じてしまいます。
教室で競ってストーブを囲んだ風景を懐かしく思っている自分がいます。
小学生のとき、学校に薪をもっていくことを課せられ、近くの小山で上級生に教えられながら杉の枯れ枝を俵に詰めたこともいまは懐かしく思い出されます。
正直私は田舎には屈折した想いがあります。
どこに行っても大人によって見張られているようで、閉塞感があったこと、しかし、その大人の眼が穏やかで優しかったこと。
若い時は閉塞感への反発が渦巻き、年老いてからは懐かしく思うのですから、地方出身の都会住みは、われながら勝手だと思います。
車中、山形県荘内出身の作家・藤沢周平に関する同年生まれの吉村昭と城山三郎の対談を読み、昭和2年生まれの敗戦寸前の戦争体験者の余生感覚、徒党を組むことを嫌うこと、しみじみと感じ入りました。
あの時代を体験したものしかわからない感覚というのがあるのですね。
藤沢周平、吉村昭、城山三郎、結城昌治…皆死んでしまいましたが、同年と言われると感じるものがあります。
私が最初に親しんだのは結城昌治でしたが。
周平さんの文章には惚れ惚れとします。あの文章を読んで何人もの人が作家を志すことを断念したことでしょう。