「葬儀革命」?

昨日は晴れたのですが、きょうはドンヨリとした天気です。

秋葉原の殺戮事件
行き場のない不安が爆発した場合の狂気がああいった事態も招くのだ、と痛感させられた。
たまたま居合わせた人が殺害された。狂気で。
家族や友人にとっては理不尽なこと、およそ納得できることではない。

突き詰めたところ、自分がいつ殺戮する者となり、いつ殺害される側になるかということは、わからないし、避け得ないことだ。
もちろん、どちらの立場にも身を置きたくない。
だが、避け得ないという、保証もないところに立たされている。

社会化すれば、格差社会に身をおいた一人の青年が、先の見通しを失い、自暴自棄になった、というか。
それでも、彼が存在を殺戮ということで認めさせようとしたときの綿密さと計画性、そして刻々と自分のしようとすることを発信していき自分の行為を他者にそして自分に言い聞かせようとしたこと。
狂気が覚悟をもつと一発一殺も軽々とできるということを立証したように思う。

あまりの行為に他人事とした怒りと殺害者への同情で終わらせようとするが、人間の狂気がもたらす凶暴性と生命の脆さということを示してくれた事件だと思う。
こうした狂気に人間は無防備であるしかない。それとも自由を徹底的に封じこめるか。しかし封じ込めることは新たな狂気の暴発を生む確率が高いだろう。

ネットサーフィンしていると
「葬儀革命」なるものを謳っている事業者のホームページに行き着いた。2つあるが新規の業者の方。
「納得の料金」「安心のシステム」「真心のサービス」
これにケチをつけるわけではない。
問題は中身だ。
この「葬儀革命」なることを唱える都内の新規参入事業者は、東京都の総額平均346万円と会葬者50名規模の費用が「79万円~」とする自社のパックプランなるものを比較して提案している。
これはおかしい。(この業者だけではなく、東京都調査や日本消費者協会調査を都合よく使って、いかに自社が安いかと宣伝している事業者がいる。)

東京都の調査、葬儀費用だけではなく、宗教者へのお礼も全て含んだ合計の平均費用
これは正確には「平成13年度流通構造等分析調査 葬儀にかかわる費用等調査報告書」で、平成14年3月に東京都生活文化局が発表したものだが、364件という対象の少ないもの。
総額平均が345万8600円、しかし幅は下は35万円、上は1650万円ととんでもないものまで含み、単純平均したもの。
概算で内訳を出すと、「葬儀社への支払い」が177万円(そのうち「飲食接待費」が29万円)、「寺院関係の支払い」が64万円(そのうち「戒名料」が38万円)、「香典返し」が91万円、その他の「飲食接待費」が36万円、「その他」が23万円となっている。

「寺院関係の支払い」は寺院(その他教会、神社等)に対して行うもので、これは本来は宗教者に遺族が直接お礼するものである。ところが東京には5割近くの宗教的浮動層がいるため、彼らは葬祭業者に紹介を依頼するケースが多い。しかし葬祭業者が行うのはあくまで紹介止まりであるべきはずが、そこがおかしくなっているのが大問題なのだ。中には「僧侶派遣プロダクション」なるものまである。そこでは僧侶はいただいたお布施のキックバックを行っており、中には5割、7割というキックバックもある!
全日本仏教会も東京都に「戒名料」などという表現されて怒らないのですかね?
どうであれ、宗教者を頼むなら、経緯は別として、どこまでも遺族と宗教者の直接の関係であるべきである。

「葬儀社への支払い」は本来変動費である飲食接待費を除けば約148万円、特定サービス産業統計で見ると1件あたり117万円である。

「その他の費用」は文字通り、親戚の宿泊費やらで遺族がかかった費用のこと。遺族の事情により異なるもの。
平均23万円だが、私も消費者セミナー等で「予測できない費用が10~30万円ある」と予め見込んでおくことを勧めている。
これは遺族が見込む費用で、葬儀社選択の時は除くのが筋。

先ほど飲食接待費は変動費と述べたが、「香典返し」も変動費である。簡単に言えば、料理と返礼品で、どのくらいの金額のものを何人に提供するかで決まるもの。予め見積もる時は「仮に親族は20名、会葬者は60名として」とするが、実際には予測した数より多かったり、少なかったりするから、変動費という。
ホテルでも結婚式披露宴の30人パックとか法事の20人パックなんて商品化しているが、これは出席者が予めおおよそがわかる場合、葬式というのはある程度は見込めても蓋を開けたら大違いというケースは少なくない。
近年は「家族葬」が人気で葬儀自体が個人化しているから会葬者は減少傾向にある。今年(平成20年)より平成13年の方が多いことは確かなことだ。ちなみに平成17年で全国平均132名であった(1991(平成3)年頃は約280名であるから、すでに半減以上している)が、東京都の平成13年時点での平均会葬者数は不明である。おそらく100名は超えていただろう。

東京都の調査を長々と紹介したが、この「葬儀革命」なることを唱える都内の新規参入事業者は、東京都の総額平均346万円と会葬者50名規模の費用が「79万円~」とする自社のパックプランなるものを比較して提案している。
比較にならないものを比較して提示するのは「不当表示防止法」違反である。

さらに自分のパックプランに「お布施」までも含めているのだ!
これはとんでもない不見識である。
遺族である消費者の不明確な宗教心につけこんだ暴論である。
私がこのところ言っている「宗教収奪」そのものである。

既成の葬祭業者を悪徳業者呼ばわりして(どの商売でもそうだが一部に悪い業者がいるし、しかし、それ以上にいい業者もいるのだ)、自社だけが「良心的葬儀社」だという顔をするのは、どこかおかしいのだ。
そんなのは「葬儀革命」が聞いて呆れる。

葬儀料金がよくわからない、不明朗だという声はよく聞く。これは平均的には9年に1回体験するもので、しかも最近は近所や仲間の葬式の手伝いもないから経験していないことで、よくわからない人が多い。高齢者すら葬式を知らない世代になってきている。

葬祭業者も情報公開に難があり、消費者の視点から比べられるような共通な基準をもっていないところに問題がある。
しかも葬式はいつも突発的である。高齢社会になり、少し関心が高まったとはいえ、予め情報収集して備えている人はまだまだ少ない。悲嘆を負った遺族をサポートする人もいない。
葬儀の場合の消費者選択はかなり限定されたものになっている。近年飛躍的に、家族の死亡直後に、合い見積もりをとる遺族が増えてはいるが。それでも遺族側に比較すべき基準がないから、正当な比較が行えていない。

そうした状況にあるものだから、「葬儀革命」なんて実質の伴わない宣伝を容認してしまっている。
「実は…」などと小声でしたり顔して話す輩の横行を許している。死に対する穢れ意識をプンプンさせながら、葬祭業者を「死の商売」と罵倒する三流ライターの書く記事もまだまだ多い。

葬祭業者ももっと消費者に情報公開し、宗教者ももっと故人や遺族のことを顧み、「消費者」ももっときちんと人の死のことを考えなくてはならない。

葬式を単なるビジネス、商品にしてはならない。
「人の死」は文化であり、人の大切な営みなのだ。
遺族は、もっとプリミティブに近親者の死に相対し、その各々の遺族の想いを受け止めてサービスする葬祭業者、寄り添う宗教者が求められているのだと思う。

葬儀は1995年以降、大きな変革期にある。
家族、社会の大きな変化がもたらしたものである。
変革期にあるのは葬儀だけではない。
医療も介護現場も学校も、そして家族も、地域社会もである。
当然にも改革せざるを得ないが、どう改革するのかが問題である。
「改革」はもとより「革命」なぞと安易に言うところには注意したほうがいい。

ご心配かけていますが、身体は乾燥肌以外に悪いところはなく、講演等も頓服を飲めば3~4時間は普通にでき、日常生活には支障がありません。仕事には時々支障をきたしますが(^^;;。
回復するにこしたことはありませんが、しばらく欝とは付き合っていこうかなと思います。
先週土曜日は名古屋へ、今週も金曜日には仙台へ行ってきます。

追記
ここで書いた「新規の方」は、その後「葬式革命」と言い換えたようだ。ここで批判した「お布施込み」はさすがその後に変えたようだ。まだブログでは「葬儀革命」の語が残っている。
「葬儀革命」は大手事業者であるメモリードが商標登録し、他の業者は使用できないようだ。ここでの指摘がメモリードを指すものではないことはコンテキスト上わかるはずだ。誤解を生むといけないので付記しておく。(2009年4月13日)

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投稿者: Hajime Himonya

碑文谷 創(ひもんや・はじめ)/ 葬送ジャーナリスト、評論(死、葬送)、 元雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)/ 【連絡先】hajimeh46@nifty.com/ 著書 『葬儀概論(四訂)』(葬祭ディレクター技能審査協会) 『死に方を忘れた日本人』(大東出版社) 『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫) 『Q&Aでわかる 葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)  『新・お葬式の作法』(平凡社新書) ほか/

「「葬儀革命」?」への2件のフィードバック

  1. 一人の人間が、何人もの命を奪ったこの事件に
    子を持つ親として、深く考えました。
    子供を殺人者にしようと育てる親はいないと思います。
    自分より子供が先に亡くなるとは思わないでしょう。
    でもどちらも身近な出来事です。
    他人事ではありません。
    社会の中で、勝ち負けをカテゴライズされて
    相対的な価値観の中でしか、
    自分を見ることができなかったことと、
    問題の原因を他者に置いたことが
    彼が凶行に走る原因になったのではないかと私は考えました。
    葬儀業界は、生活者が葬儀社数社の比較をする傾向が
    以前より高くなっていますが
    分かりやすい「価格」であったり、
    会館の設備であったりと
    目に見えやすいところに向かっているようです。
    「死」に向き合う、喪家に寄り添うという
    目に見えない質は二の次です。
    価格の本質をみても、本当に中身について分かっているかというと怪しいもので、
    「50万円と60万円なら50万円の方がいい」というレベルです。
    長々と思いつくままの乱文にて、失礼しました。

  2. あべさん
    書き込みありがとう。
    相談窓口での問題をいろいろ教えてください。
    最近の消費者も結構怪しいですからね。
    そちらの2つのブログも読んでいます。

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