今夏のフェスティバル安穏

梅雨ですね。
九州の方が被害があるようで、心配です。

昨日妻が家で古い記録やら何やらを整理していました。
私の中学時代の同級会の冊子もあり、これは30代の頃のものですが、私の髪は当時から白髪化は進んでいましたが、ボリュームが豊かだったことがわかります。

その中には30代の後期で心臓病で死んだ同級生の追悼文集もありました。
仙台での高校時代から付き合いあり、同じ大学に進み、同じように大学院を中退したのですが、私は寄稿しておらず、後から夫人から贈られたものです。
彼の「純な一生」に比べると、自分の人生が汚れちまったことに改めて気づかされます。

妻がどういうわけか、私の大学院時代の手書きの原稿の一部を保存していて、それはほんとうに文章の1枚という感じのもので、あるものは明らかにメモなのです。
いまの自分には書けない類で、捨てないで保存することにしました。
同人誌などに書いたものは印刷物が残っていますが、草稿や思索メモの類まで保存していてくれたことにびっくりしました。
その中に
「私は愚痴を饒舌に話し、周囲の人間が呆れはてるまで続ける」
という趣旨の断片がありました。
いまでも変わらない性(さが)だと思いました。

自分では若い時代とそう変化していないつもりなのですが、やはり、あらゆる意味で、若さが迸っていたのだと気づきました。
相当鼻もちならない人間だったようです。

さて今年の夏の「フェスティバル安穏」は8月30日に開催されます。
タイトルは原案は私がつくったはずなのに、もう忘れていて、正式なものが手元に来たら、またお知らせします。
かつては新潟県蒲原郡巻町でしたが、例の大型合併で新潟市になりました。
今年で19回目、来年で20回になります。ちょっと感慨深いものがあります。
私は講師ではなく、スタッフの一員として参加しています。ですから椅子の片付けから何からやります。(偶には話もします)
昨年までのことは
http://www.myoukouji.or.jp/annon/festival/index.html
に書いてあります。
よろしかったら是非ご参加ください。
申込み制なので、正式に決まったらまたご案内します。
前は造園家の野澤先生が長老だったのですが、先生が亡くなり、いまでは私が最年長ということになります。

そうそう、先日地震の影響を聞きに岩手県一関市の祥雲寺の住職の千坂さんに電話をしたのですが、今年が樹木葬を開始して10周年ということで、10月18日(土)に一関の樹木葬墓地で「樹木葬メモリアル」を開催するとのことでした。

新潟・妙光寺(住職・小川英爾さん)の安穏廟が跡継ぎを必要としない永代供養墓の先駆けの一つであり、祥雲寺(現在は別院にして知勝院)の樹木葬は日本で最初です。
この2つの寺と葬送の自由をすすめる会の「自然葬」(散骨)、松島如戒さんによる東京・巣鴨の「もやいの碑」が日本の「墓革命」を牽引したと言って過言ではないでしょう。
関心のある方は是非ご参加ください。

私もいつまで係ることができるか、はなはだ心もとないですが。

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投稿者: Hajime Himonya

碑文谷 創(ひもんや・はじめ)/ 葬送ジャーナリスト、評論(死、葬送)、 元雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)/ 【連絡先】hajimeh46@nifty.com/ 著書 『葬儀概論(四訂)』(葬祭ディレクター技能審査協会) 『死に方を忘れた日本人』(大東出版社) 『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫) 『Q&Aでわかる 葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)  『新・お葬式の作法』(平凡社新書) ほか/

「今夏のフェスティバル安穏」への2件のフィードバック

  1. フェスティバル安穏、私が参加させていただいたときを思い出すと、清々しい自然の空気を感じた記憶がよみがえります。

  2. 空気もおいしいですよね。
    また行かれるなら歓迎します。
    運転手もうれしいですね。

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