「おくりびと」と青木新門さん

先日、時間ができたので、新宿ピカデリーに行って、映画「おくりびと」を観た。
他人に紹介だけしていて観ていないというのは居心地が悪かったからだ。試写会の機会もあったが、都合が合わなかった。
気を入れて観るため5千円のプラチナシートで。
というより時間直前に行ったので人混みを避けたかった、というのが本音であった。
贅沢なシートで新幹線でグリーンに乗る気分。お手拭や飲み物のサービスもあるし、足を伸ばせるようにもなっている。

さて映画のほうだが、話の内容は小山薫堂のオリジナルとあるが、アチコチに青木新門さんの『納棺夫日記』を下敷きにした部分がある。
チラシを見て仕事に応募するところや、仕事が認知されたように感じるところは、青木さんが元恋人の父の納棺に行ったときと、周囲が嫌悪するように離れていった話、発見が遅れ腐敗した遺体を処置した話など。
新門さんでは叔父さんに死の床で認められたと感じた話が映画のラストのクライマックスの下敷きになっているのは確かだ。肝心な部分は青木さんからヒントを得ていると言ってもいいくらいだ。

本木雅弘さんの納棺の手さばきが賞賛されているが、これは私も知っている札幌納棺協会の指導によるもの。
こうした美の追求は青木さんにはない。

映画として見ると、本木、山崎、広末の主役級がいいのはもちろんだが、個人的には笹野高史がいい味を出していた。余や笹野の役柄は映画オリジナル。

アートとしてよりも人間の死を等身大で見るという点が重要だと思う。だが、アートの部分で魅せることは映画としてはいいだろうが、実際はどうだろう。

この地味な映画が話題となり、マスコミで取り上げられたのはうれしい話だ。
だが出来は、というと、関係者がいるだけに評価がしづらい。

映画のカタログには青木さんのことは全く触れられていない。しかし主演の本木さんが、映画賞受賞後の取材で、契機になったこととして青木さんの本の話を必ずのようにして感謝している。
実際、本木さんが、映画化を前にして、青木さんを訪ねて富山へ行ったというのはほんとうの話なようだ。
もっとも青木さんが「原作」として出てこないのは、映画関係者の意思ではなく、青木さんの意思だったようだ。

ある雑誌が取材に来たとき青木さんの話になって、青木さんの了承も得ずに青木さんの電話番号を教えた。その記者が後から報告してきたことには、青木さんは「原作とすることを断っておいたのに、映画が話題になったからと本人が前に出ていくというのはどうか」と述べて断ったとか。
いかにも青木さんらしい筋のとおし方である。

ちなみに青木さんが「納棺夫」と称したのは、当時は納棺を仕事をする人がいなくて、本にするとき青木さん自らを「納棺夫」と言ったのである。
札幌納棺協会はおそらく三宅さんという方が初めであったろうが、札幌で葬儀社の下請けとして納棺業を始めた。いまでは仙台、埼玉と全国各地に展開しているが、納棺だけではなく、湯灌もしているしエンバーミングもしている。青木さんとは何の関係もない。
青木さんは葬儀社の人間で、横で地域の人がする納棺を見ていられなくなって手を出したのが最初。
映画で「納棺師」という名になったのは納棺協会のサジェスチョンによるのではないか。
もっともこの仕事、湯灌もエンバーミングも女性の進出ぶりは目を見張る。いまの仕事の担い手を見れば「納棺師」という呼び名が普遍性をもつだろう。

青木新門さんは私の10歳上で師匠のような存在である方だ。
きっかけは、いまはない新宿西口の呑み屋(スナック)「火の子」であった。
「火の子」の店主であったイクさんは、岩手の盛岡近くの出身で、故郷の距離が近いということで私をかわいがってくれた。
またこの店にはいろんな人が出入りしていた。青木さんが上京時には必ず寄る店で、そのため青木さんの東京での宿泊はいつも西新宿のホテルだった。

青木さんから、最初まだ草稿段階で見せられ、コピーで読んで、その内容に驚いた。一介の人のいい飲兵衛が煌く作家に私の中で変貌した瞬間であった。興奮したまま「雑誌に是非掲載させてほしい」と言ったら、「富山の地元の出版社から出すことが決まっている」と断られた。それが93年に出た桂書房刊『納棺夫日記』である。

この本は94年度地方出版文化功労賞を受けて話題となり、その後文春文庫になって売れた。英訳も出ている。いまは『定本 納棺夫日記』が再び桂書房から出ている。
桂書房からは青木さんの絵本『つららの坊や』も出ている。
http://www.katsurabook.com/index.html

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投稿者: Hajime Himonya

碑文谷 創(ひもんや・はじめ)/ 葬送ジャーナリスト、評論(死、葬送)、 元雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)/ 【連絡先】hajimeh46@nifty.com/ 著書 『葬儀概論(四訂)』(葬祭ディレクター技能審査協会) 『死に方を忘れた日本人』(大東出版社) 『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫) 『Q&Aでわかる 葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)  『新・お葬式の作法』(平凡社新書) ほか/

「「おくりびと」と青木新門さん」への2件のフィードバック

  1. 青木新門と『おくりびと』と私。

     8月の半ば、暑い日だった。『ダークナイト』を見に行った際に、『おくりびと』を予告編で知った。テーマからして、このような珍しい話、どう考えても青木新門先生の『納棺夫日記』が原作に違いない。青木新門先生とのご縁は、昨年の12月、私が共著(近藤裕氏)『何のために生き…

  2. 納棺夫日記

    「おくりびと」の原作のひとつ、「納棺夫日記」です。
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