悲しきかな、愚禿鸞

親鸞仏教センター(真宗大谷派)から『親鸞仏教センター通信』を送っていただいている。
今回の2011年9月発行の第38号の巻頭言は、私どもの雑誌の初期に寄稿していただいたこともある春近敬師が「東日本大震災から半年が過ぎようとしている」という書き出しで始まる「先の見えない日本」という考えさせられる稿が掲載されている。

2-3ページに恒例の親鸞仏教センター所長の本多弘之先生の連続講座「親鸞思想の解明」が掲載されている。
本多先生は前にお見かけしたときは古武士のような趣で、話し方も実に思想に殉じたような言い方であった。
寄り道するわけではなく、諄諄と説く感じで、「外」の私には少々退屈であった。でもこうした論法はキリスト教の教義学に若い頃親しんだ人間としては珍しいものではなかった。
その本多先生の文章に腑に落ちるところがあった。途中からであるが引用すると、こうだ。

(如来に)全面的におまかせすると言いながら、煩悩がある。ということは後から後から自力の心が湧いてくる。嫌な心が起こってきたと気がつけば、止めておこうと思いますから、それは、自力の心ですね「定聚の数に入ることを喜ばず」。信心を得るということは、如来回向の信心なのだから、正定聚だよ、必ず大涅槃をいただけるのだと。でも、そういくら言っていただいても嬉しくない。これは信心がないのではなくて、如来のはたらきとして信ずるのだけれども、自力が消えない。そういう構造が信心なのです。他力の信心になったら自力根性が完全になくなって、もう人間でなくなるわけではない。人間なのです。愚かな凡夫なのです。

この論理はいかにも真宗であり、その意味では突き詰められたものと言ってよいだろう。
これは信心、信仰をもつことが人間的に優位になるということではなく、人間の現実性に突き当たり、また、それから抜けて向上することでもない。というリアルな眼である。
もし、親鸞の解釈が本多先生が述べたことと等しいのであれば、パウロが「信仰のみ」と言ったこと、ルター等の宗教改革者がカトリックにこれを示したこととそう大差はないように感じた(カルヴァンはちょっと違うようだが)。

だが現実態としてのプロテスタントの諸教会が、特にアメリカに見られる保守主義との奇妙な合体は、信仰の論理の問題ではなく、教会の置かれた風土、文化への教会の対応が問題なのだと思う。従って論理もそれを合理化しようと思うから極めておかしくなる。
おそらく、徹底して信心を述べ、人間のリアルな眼を語る真宗の一部の寺がズブズブの風土、社会状況に絡め取られている状況によく似ているように思う(真宗の人は「違う」と言うかもしれないが)。

世の中の一部の誤解、というのは、「宗教者(牧師、神父、僧侶、神職)は、人格的に立派であるべきだ」というものである。これは手酷い誤解である。
修業を説く宗教でも、それによって人間的徳が高められるわけではまったくない。自分の放恣さを棚に上げて、宗教者に倫理的高潔さを期待するほうがおかしいのだ。
また、宗教者の一部にも「聖職」などというあり得ないものに胡坐をかいてきたのがいるが、大きな勘違いである。
「任務」はあっても「聖職」なぞあるわけがないのだ。
ときどき勘違いして特別待遇を要求する宗教者がいる。そういうときは厚い座布団を引っ剥がせばよろしい。

過激なもの言いに聞こえるかもしれないが、あたりまえのことを言っているだけのことである。こういう勘違いから社会はそろそろ抜け出すべきだろう。そしてこれは宗教法人を民間法人と同じく扱え、という論理に加担するものではない。

世の中の一部が「宗教者は清貧であるべし」と言うのは、その多くは論理ではなく反発、妬みである。実際の宗教者の多くは現実として貧しい。彼らの食を支える人が少ないし、貧しいからだ。今後ますますそうなるであろう。

一部に「民間企業は儲けを考える」ということをあたりまえに言う人間が経営者にもあるいは反発する宗教者にもいるが、これも大きな誤解である。
現実としては儲けていない民間企業がたくさんある。だからといって社会的存在意義が否定されるわけではないだろう(ここは私的な感想か?)。

そろそろ「あるべき」という神話から抜け出す時代ではなかろうか。
全日本仏教会が、漠とした世の中の反発を受けて、「布施」について開かれた論議の場を提供しているが、この問題を論議するには多くの「神話」を解体する必要があるように私には思えてならない。

私の理解も間違っているところ、別な面から見れば違うこともあるだろう。これは誰かを攻撃し、傷つけるために書いたものではないことだけを付け加えさせていただく。

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投稿者: Hajime Himonya

碑文谷 創(ひもんや・はじめ)/ 葬送ジャーナリスト、評論(死、葬送)、 元雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)/ 【連絡先】hajimeh46@nifty.com/ 著書 『葬儀概論(四訂)』(葬祭ディレクター技能審査協会) 『死に方を忘れた日本人』(大東出版社) 『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫) 『Q&Aでわかる 葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)  『新・お葬式の作法』(平凡社新書) ほか/