死んだ男の残したものは

本日は雨、そして涼しい。
事務所で冷房を入れないというのはいつぶりであろうか。

私は暑がり、寒がりという脆弱ぶり。節電は厳しい人間。
ちとみんなからは冷たい目で見られる感じがするきょうこのごろ。
その人間が冷房要らずなのだから、ようやく長い酷暑は終わったのかもしれない。

とにかく、今年の夏は長く、湿気が高くきつかった。
「残暑厳しき折り」とふつうの人は8月下旬から書くのだが、私は9月に入っても「酷暑が続いています」と、ついこのあいだまで書いていた。

谷川俊太郎『ひとり暮らし』(2001年初版、2009年新潮文庫)
この本は谷川が徒然に書いたものだから、私もカバンに潜ませて、薬局の待合室等で思い出したようにときどき読む。
私にとっては古くならない雑誌のエッセイ欄のようなものである。

2月20日は作曲家の武満徹(1930~1996)の命日。
谷川は1931年12月の生まれだから武満とほぼ2歳違う。

武満と谷川の共同作としては逸品『死んだ男の残したものは』がある。
もちろん作詞は谷川で作曲が武満である。
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/shindaotokono.html

1.
死んだ男の残したものは
ひとりの妻とひとりの子ども
他には何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった

2.
死んだ女の残したものは
しおれた花とひとりの子ども
他には何も残さなかった
着もの一枚残さなかった

で始まる詩である。

当時20代だった私には、ベトナム反戦運動で、ジョーン・バエズの“We Shall Overcome”と共によく聞いたし、また、よくうたった歌であった。
この頃、「和製バエズ」として森山良子が脚光を浴びた。

1999年2月20日(土)に武満について谷川は書いている。没後3年のことだ。

会ったり話したり出来なくなってから、余計武満を身近に感じる。それで思ったのは人は死ぬと暇になるということだ。この世にいる人間は大体において忙しいから、相手をしてほしいと思ってもこっちに遠慮があるが、あの世にいる人間はこの世のあわただしさに煩わされないので、こっちはいくらでも好きなだけ相手をしてもらえる。(p143-4)

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投稿者: Hajime Himonya

碑文谷 創(ひもんや・はじめ)/ 葬送ジャーナリスト、評論(死、葬送)、 元雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)/ 【連絡先】hajimeh46@nifty.com/ 著書 『葬儀概論(四訂)』(葬祭ディレクター技能審査協会) 『死に方を忘れた日本人』(大東出版社) 『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫) 『Q&Aでわかる 葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)  『新・お葬式の作法』(平凡社新書) ほか/

「死んだ男の残したものは」への1件のフィードバック

  1. ご無沙汰していますが、「全発言録」を私のような者にもお送り下さりありがとうございました。先ずはあとがきから読ませていただき本文に至りました。当時は十分わからなかったことを今やっと了解している始末です。
    「この『初源』の言葉はまだ有効」と野田氏が書いていることに同感です。その深化には興味深いものを覚えるのですが…。
    「言葉を発するものの責任」は当時の貴兄とは位相は違うようにも思いますが、その後の私の歩みでもあり今日に至りましたし、現在なお進行中です。日本キリスト教団の限界に直面しての貧しい歩みだっとと思います。と言ってもふらふらした一貫性でありましたが。
    お元気で。
    上垣さん
    ここで投稿いただくとは…
    感謝です。
    地道に取り組んでおられることに敬意を表します。
    こちらはボツボツとした感じでいます。
    碑文谷

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