個のレベルから見た死と葬送(4)
基本としてここに描いたものはフィクションである。
私の周辺で生じたものが多く含まれているが、当事者の心象に投影して描いている。
⑦「昨日、密葬を済ませました」
家に近づくと、近所の人たち数人が真剣な、驚いた顔を寄せて話していた。
近づく私に、「お隣の息子さんがいま救急車で運ばれて…」と、その一人が言った。
私は、昨日、息子さんが近くをいつもどおりに歩いているのを見ていたのできょとんとしていると、「いや、事情はよくわからないけど…」と言葉を濁して、一様に顔を見合わせた。
突然、隣家の中から切り裂くような、吼える声がして、隣家の娘さんが飛び出してきて、裸足のまま、私たちの前を走り去った。
その日は詳しいことはわからなかった。
翌朝、前の日に集まっていた一人が電話で、
「お宅のお隣の息子さん、亡くなったって。自殺らしいの」と教えてくれた。
隣家は2日間、電気も点かず、ひっそりとしていた。
近所の者とて何もできなかった。噂だけで、隣家からは何の通知もなかったからだ。
3日目、隣家の娘さんが来た。
「お騒がせしました。弟が死にました。昨日、密葬を済ませました。両親はしばらく家には帰らないと言うので、お宅にだけはお知らせしようと」と、ゆっくり、低い声で告げた。
私は「それは、それは…」と、おろおろするだけで、こういうときの常套句すら口から出てこない。
息子を亡くして絶望だけが隣家にある、ということだけはわかった。
⑧「夢」と刻まれた墓
このあたりのはずだが…
その墓地の奥行きは広く、以前来たときの記憶があいまいなものだから、周辺を行ったりきたりして捜した。
「夢」とだけ刻まれた墓を捜すのにゆうに30分かかった。
寒いのに汗が滴った。
墓石の横には、友人の本名が「享年29」という文字とともに刻まれていた。
私は持参したウイスキーの角の小瓶をあけ、「夢」という文字に振りかけた。
あの時代、私たちの顔は激していたが、心は凍えていた。
未来はないものと思っていた。
「空元気」というのはこういうことだ、と感じ、苦く味わいながら、やたら元気に振る舞っていた。
その数日後、彼は死んだ。
事故と言われた。
彼の死が事故でも自死でも私はかまわなかった。
彼の不在という事実にただただ圧倒されていた。
一周忌に招かれ、最初に墓を見たとき「『夢』はないだろう」と激しく違和感を覚えた。
それ以来、私は「夢」という文字に「惨敗」「空虚」という意味を重ねることが常になった。
今回来て思った。
彼の両親が「夢」と刻んだのは、両親には彼の存在が「夢」であり、彼の死は彼らの夢の喪失を意味したことを言いたかったのではないか、と。
夕陽が眩しかった。