悔い―個のレベルから見た死と葬送(8)

個のレベルから見た死と葬送(8)

基本としてここに描いたものはフィクションである。
私の周辺で生じたものが多く含まれているが、当事者の心象に投影して描いている。


悔い


出棺時に、彼はボロボロ泣いていた。

肩を大きく震わせながら。

「ごめんな、ごめんな、ごめんな…」
彼は棺の中の妻に囁きながら謝り続けた。

彼の妻が倒れた時、彼は不在だった。

その日彼は、予定されていた会合とその二次会にも行くと言って出かけた。
その朝、普通に、彼の妻も毎朝やっているように、外に出て彼を見送った。

彼女が倒れたのは、推定だが、夜の8時を回っていた頃のようだ。
彼女は一人での夕食を終えたのだろう。
その一人前の食器は洗いかごにあった。


彼はその夜二次会を終え、電車に乗る時、いつものように妻に電話をした。
だがその電話に妻は出なかった。
地元駅に着いて再度電話した。
呼び出し音が空しく鳴り続けるだけだった。


妻は居間の床にうつ伏せで倒れていた。
すでに身体は冷たかった。


自分が死ぬことを予想することはあった。
ベッドに横たわった自分が、妻の手を取り、感謝を口にして死んでいくものだ、とばかり思っていた。


現実は全く異なっていた。
妻は別れも告げず、自分の不在時に突然逝ってしまった。


友人の医師は「奥さんも何があったかわからなかっただろうよ」と言った。

しかし
「もし、自分がその時にいたら」
という悔いから、いつか脱する日がくるのだろうか。

四十九日を終えたが、ただ悔いだけが彼の胸を絞め続けている。

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投稿者: Hajime Himonya

碑文谷 創(ひもんや・はじめ)/ 葬送ジャーナリスト、評論(死、葬送)、 元雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)/ 【連絡先】hajimeh46@nifty.com/ 著書 『葬儀概論(四訂)』(葬祭ディレクター技能審査協会) 『死に方を忘れた日本人』(大東出版社) 『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫) 『Q&Aでわかる 葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)  『新・お葬式の作法』(平凡社新書) ほか/