葬列―個から見た葬送(12)

基本としてここに描いたものはフィクションである。
私の周辺で生じたものが多く含まれているが、当事者の心象に投影して描いている。

葬列

山道は昨夜の雨で少しぬかるんでいた。
近所の年寄りは「滑るから危ない」と言われ、無念そうに家の前で葬列を見送った。

ここの山間はもともと土葬の習慣の残る地区であった。
だが合併し「市」となった今、市の病院で亡くなり、その市の斎場で通夜、葬儀が行われ、市の火葬場で荼毘に付されるケースが増えてきた。


この日の死者は、最近では珍しく自宅で亡くなった。


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になる母親は「がんの末期で治療の術はもうない」と医師から言われた。
娘が、
「最期は家で」
と、
母親を自宅に連れ帰ったのだ。

娘がスプーンで食べさせようとすると、
母親は「もういい」と拒んだ。
そして静かに「ありがとう」と娘に感謝した。
その数日後の夜、眠るように静かに息を引き取った。


翌朝、連絡を受けてきた主治医が「ばあちゃん、よかったな」と言って涙を零した。


葬式は「母の遺言ですから」と自宅で行われ、近所の年寄り仲間が集まった。

山の中腹にある共同墓地までを、葬儀社の若い社員たちが柩を担いだ。
檀那寺の若い副住職が葬列を先導。
埋葬地に鍬(くわ)を入れ、引導を渡した。

深く掘られた穴に柩が静かに下ろされた。

再び盛られた土の上に、娘は履いてきた草履を脱いで置いた。
そして合掌した。

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投稿者: Hajime Himonya

碑文谷 創(ひもんや・はじめ)/ 葬送ジャーナリスト、評論(死、葬送)、 元雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)/ 【連絡先】hajimeh46@nifty.com/ 著書 『葬儀概論(四訂)』(葬祭ディレクター技能審査協会) 『死に方を忘れた日本人』(大東出版社) 『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫) 『Q&Aでわかる 葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)  『新・お葬式の作法』(平凡社新書) ほか/