「葬式をするって!」
兄が怒鳴った。
「どれだけ苦労したって言うんだ。これでやっとせいせいしたっていうのに」
兄が疲れた顔で言った。
兄の言うこともわからないではない。
この10年、母は昔の穏やかな母ではなかった。
「お前たちは私を殺そうとしている」
と被害妄想にかかり、近づくだけで「怖いよ」と喚き、退く。
また、よく怒鳴った。
私たち兄妹はすっかり消耗してしまった。
「でも、この10年の母さんは病気だったのよ、ほんとうの母さんではなかったのよ。せめてお葬式くらいやってやろうよ」
と私は必死に兄に頼んだ。
渋々であったが、やっと兄は頷いてくれた。
母の顔は穏やかさを取り戻し、静かだった。
10年の喧騒がまるで嘘だったかのように。
お寺に連絡すると、住職はすぐに駆けつけてくれた。
「いい顔なさっている。ご家族もこの10年たいへんでしたね。よく尽くされました」
住職の労いの言葉に、兄は泣き崩れて叫ぶように頼んだ。
「お願いします、お願いします…」
私も兄と一緒に頭を畳に押しつけていた。
幼い日、両手に私たち兄妹の手を握り微笑んでいた母の姿が脳裏に立ち上ってきた。
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