葬祭業が今大きな分岐点にあることは確実なようだ。
そして「現場」は、意識していなくとも、試行錯誤の中にあるように思う。
その位相をさぐるべく、歴史を見てみよう。
2回に分けて歴史を取り扱う。
1回目は1877(明治10)年から1935(昭和10)年頃に至る日本の葬祭業の黎明期の約50年間。
2回目は現代から約50年間をさかのぼる。
全国的に見ると戦前は大都市以外では地域共同体が主催する葬儀が主体であるから、「葬祭業」は、ないわけではないが、あまり明確なものではなかった。
一部に葬具提供業として存在したことは事実である。
したがって「葬祭業の黎明期」を扱うとすれば、「大都市」中心の話にならざるを得ない。
それが今回
大都市における「葬祭業」の誕生
https://souken.info/himonya20
と名づけた理由である。
(葬研「碑文谷創の葬送基礎講座⑳」
内容については葬研の記事を参照してほしい。
よく「あまり変わらない」といわれるが、「葬祭業」に限らず、「葬儀」も大きな変化を繰り返してきた。
いまさら「変化」したわけではない。
細かく見れば、ほぼ10年単位で変化してきている。
全国的な潮流として見れば20~30年単位でその変化は明瞭になる。
「世代」という感覚からいっても30年は一サイクルになる。
時代の中にいると「30年前」というのは「おやじ、おふくろ」の時代で、明らかに「昔」の時代になる。
電気製品を見ても30年前と今とでは大きく異なる。
ある意味で日常生活が大きく変化しているのだ。
私の「書く」という環境も大きく変化している。
50年前、学生時代は鉛筆で手書きをしていた。
40年前、ワープロ専用機で書いていた。時代としては早いほうだったろう。当初、富士通の親指シフトのオアシスが300万円くらいしたのではないだろうか。
25年前くらいからはパソコンのワープロ機能を利用するようになる。
マイクロソフトのWordとはかれこれ四半世紀の付き合いか、少なくとも20年以上は付き合っている。
インターネットで情報を蒐集しながら原稿を書くようになって10年以上は経過している。
環境は変化したものの、「書く」ということでいえばあまり変化していない。
表象は変化しても中身はあまり変化しないものもある。
しかしそれとてまったく同じではない。
社会や家族が大きく変化しているからだ。
また、「歴史」というのは、だれにでも通用する客観的な事実というわけでない。
見る人間の場に規定されて「視角」によっても異なる。
どうした事象を抽出するかも見る人間の判断である。
また「事実」といっても、それは複層的なものであり、見る人間によって姿を変えかねない。
だから私の書くものは、あくまで「私が見た」というものでしかない。