墓参りから寺墓の問題まで

本日から春の彼岸(~23日)なので墓参りに行った。
電車で行ったのだが、歩いた距離は自宅―寺往復して(途中少し寄ったが)ちょうど1万歩。

目黒川の川べりにはまだ桜は遠かったが、暖かな春の陽気で、汗ばむくらい。
午前中約3時間。

私の家の墓はいくつかあり、それぞれ分担してみている。
私の担当は品川の東海寺にある曽祖父母の墓。
(上、新幹線が走る脇にある)
父方の祖父母が入っている墓は仙台北山のキリスト教墓地で、従兄弟がこちらはみている。
両親は牧師であった父の最後の赴任地となった山形県天童市の教会の納骨堂に入っており、こちらは兄がみている。
妻の母方の祖父母が入っているのが青山墓地。これは妻がみている。
妻の父方の祖父母、両親は雑司ヶ谷墓地に入っており、こちらは妻の妹がみている。
私の母方の祖父母というより一族の墓は宮城県大崎市にあり、こちらは惣領である従兄がみている。

宗教もばらばらである。
青山と雑司ヶ谷は都営であるから問わないが、曹洞宗、臨済宗、キリスト教(プロテスタント)とある。

「〇〇家の墓」が隆盛とはいえ、一家でいくつかの種類の異なる墓をみている事例は少なくない。

私のみている東海寺の大山墓地は東海道新幹線の工事で縮小されたというが、それでもでかい。4畳半(6畳?)はある。
曽祖父が明治期の陸軍少将であったからだ。
横に妻である曾祖母の墓がある。時代を反映して妻の墓石は夫の墓石に比べて明らかに小さい。
一角の墓所内にはあるが墓石は別々となっている。
曽祖父の墓には跡継ぎであった祖父の遺骨が分骨されている。

一角に祖父の弟一家二代の墓がある。30年くらい前になるだろうか、その家族の墓が(私に知らされることなく)別に設けられたらしいので、大叔父にあたるその家族の墓はいつのまにか私が一緒にみている形になっている。

曽祖父の家は千葉堀田氏に仕えていて、佐倉市と東京に墓があったらしい。東京では複数の寺があり、その一つに日蓮宗の寺もあったようだ。
調べれば少しはわかるかもしれないが、江戸期の墓がどうであったかは不明である。
東海寺には堀田氏の墓があることから、旧家臣であった曽祖父が東海寺の檀家となった模様。

私の墓をどうするかは決めていない。
東海寺に一応訊いてみたら、臨済宗の信仰者でないとダメなようだ。
私が墓所のめんどうをみているので、寺にとっては形式的には檀家(檀信徒)扱いになってはいるが、納骨するとなると個人の信仰を問うという。

当然個人の宗旨は自由であり、憲法でも保障されてはいるものの、寺墓地ではその個人の宗旨が制限を受けることがある。

もっとも寺に言わせれば、個人の宗旨の自由を制限するものではなく、墓地の使用に限定した話だけということなのだが。

近年の寺では寺の宗旨で行う供養行事等を制限するのでなければ墓の使用者の宗旨は問わないと弾力的に運用するところが多くなってきている。
だが、まだまだ原則論を唱えるところは少なくない。
結構真面目な僧侶に多い。
寺で葬儀をすることを条件とするところもある。

この原則論で言えば、寺の墓の継承は困難になる。
親の信仰で、ある宗派の寺の檀信徒となり、そこに墓を求めたとする。
配偶者も子も親の宗旨と異なる時、墓の継承は可能なのか、という問題が必ず出てくるからである。

寺の墓地を使用する以上は財政的に寺の護持に財政的に協力することは前提ではあるが、信仰というのは個々に自由があるので、それを条件にするのであるならば、墓の継承は不可能になる。
継承が不可能になった場合、墓の使用を制限されたと寺を訴える使用者も出てきかねない。

もっとも「寺の墓地」といっても2種類ある。
文字通り寺の檀家用に供される墓地(寺院境内墓地)と経営主体が宗教法人である民営墓地の2種類である。
民営墓地は寺が経営主体であるが、個々の宗旨は問わない。
私がつらつら語ってきたのは寺院境内墓地の方である。
民営墓地の多くは戦後の高度経済成長以降に誕生したもので、一般に供することを最初から目的としたものであるから、こんなややこしい問題は生じない。

日本では、仏教は「家の宗教」で、キリスト教は「個人の宗教」という母斑を歴史的に負っている。
実はこの問題は具体的に考えると結構ややこしい問題を内包している。

 

東海寺大山墓地にある墓
沢庵和尚の墓
沢庵宗彭(1573~1646)大徳寺住持。安土桃山時代から家光の時代に活躍した禅僧。家光創建の東海寺初代住職。沢庵漬けは沢庵和尚考案という説があり、東海寺の墓は沢庵石を模しているかのよう。

賀茂真淵の墓
江戸中期の国学者。墓所には鳥居がある。
島倉千代子の墓
1918~2013 戦後を代表する歌手の一人。墓は年中ファンの花で埋められている(きょうは少ない方)。

東海寺

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投稿者: Hajime Himonya

碑文谷 創(ひもんや・はじめ)/ 葬送ジャーナリスト、評論(死、葬送)、 元雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)/ 【連絡先】hajimeh46@nifty.com/ 著書 『葬儀概論(四訂)』(葬祭ディレクター技能審査協会) 『死に方を忘れた日本人』(大東出版社) 『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫) 『Q&Aでわかる 葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)  『新・お葬式の作法』(平凡社新書) ほか/

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