角田山妙光寺法灯継承式に行ってきました

新潟市(旧巻町)の日蓮宗角田山妙光寺の法灯継承式に行ってきました。 妙光寺は永代供養墓の先駆け安穏廟で知られますが、それだけではなく、お寺が生きるということを模索し続けてきた寺です。 http://www.myoukouji.or.jp/about/index.html 700年の歴史をもち、まさに過疎地にある寺。 日本の寺の典型ともいうべき寺でした。 その寺がどう変わったか、は一つの実験例として広く検証される価値があります。 角田山妙光寺の住職が2017年11月18日に第53世小川英爾(今後は院首)さ... 続きを読む

エンディングノートと終活

少しずつ記録。 「エンディングノート」と「終活」   「終活」という言葉は、今やすっかりと定着した感がある。 経過として見るならば、まず「エンディングノート」がブームとなり、それを後押しするように「終活」ブームが現れた。   ■エンディングノート   「エンディングノート」について、『現代用語の基礎知識2007』に私が記載した原稿データが残っている。 (もし2007年版が最初であるとすれば、本年(2017年)11月9日発売開始される『現代用語の基礎知識2018』まで12年連続して「葬送」編の用語解説を継続... 続きを読む

日常はこんなもの

日常   きょう書くことはどうでもいいことである。   今朝、2日休んだ身体の動きを確認した。 腕立て20回、腹筋20回その他背伸びやちょっとした身体の動きの確認である。 時間にして5~10分。 家にいるようになり、毎朝ウォーキングやらやろうと思ったのだが、「今さら身体を鍛えようとしないほうがいい」という息子の助言に従って、身体の動きの維持だけを目的に毎日ちょっと動かすことにしている。 といっても出かけたりして忘れることもある。 いったん休むとズルズル休む傾向にあるので、忘れたな、と思... 続きを読む

民俗、習俗にとっての遺体ー遺体論④

「遺体論」は今回をもって最終回とする。 民俗、習俗において「遺体」とはどういう存在だったのか?―遺体論④     はじめに 古来、日本人は遺体をどうとらえていたのであろうか? ここで葬儀習俗に残るものを手掛かりに述べるが、そういう形に定着するまで時代変遷があったはずである。 たとえば民衆が地域共同体を確立する以前はどうであったか? 都市での民衆の死体が路傍や川のほとりに棄てられていたという光景が伝えられるが、そこで民衆は人の死、そして遺体をどういう目で見ていたのだろうか? 単純に... 続きを読む

弔われない遺体、近親者にとっての遺体―遺体論③

弔われない遺体   ①行旅死亡人(身元不明の死者)   1899(明治32)年にできて1986(昭和61)年に改正された法律に「行旅病人及行旅死亡人取扱法」がある。 この法律の第1条に「行旅死亡人と称するは行旅中死亡し引取者なき者をいう」とあり、具体的には「住所、居所もしくは氏名知れずかつ引取者なき死亡人は行旅死亡人とみなす」と定められている。 第7条には「行旅死亡人あるときはその所在地市町村はその状況相貌遺留物件その他本人の認識に必要なる事項を記録したる後その死体の埋葬または火葬をな... 続きを読む