散骨に関する法令(続)―解題・散骨ガイドライン(中)

これまで書いたのは以下。
・散骨に関するガイドラインが公表
https://hajime-himonya.com/?p=5071
・散骨論議の経緯
https://hajime-himonya.com/?p=5079
・解題・散骨ガイドライン(上)
https://hajime-himonya.com/?p=5084

散骨ガイドラインの解題は、当初は2回の予定であったが、3回以上になると思われる。
前回法令について墓地埋葬法、刑法、廃棄物処理法について言及したが、今回は残った海上運送法、民法等、地方公共団体の条例、ガイドライン(地方公共団体による)について解説する。

ここで「散骨ガイドライン」と称するのは、厚生労働科学特別研究事業として行われた『墓地埋葬をめぐる現状と課題の調査研究 令和2年度総括研究報告書』(研究代表者 喜多村悦史)の中でまとめられた「散骨に関するガイドライン(散骨事業者向け)」のことである。
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000763737.pdf

■散骨事業者が遵守すべき法令(続) 海上運送法

散骨が海上で行われる場合、ガイドラインでは遵守すべき法令として海上運送法をあげている。

海上運送法は、第1条(目的)において
この法律は、海上運送事業の運営を適正かつ合理的なものとすることにより、輸送の安全を確保し、海上運送の利用者の利益を保護するとともに、海上運送事業の健全な発達を図り、もつて公共の福祉を増進することを目的とする。
とある。

第2条(定義)には、
この法律において「海上運送事業」とは、船舶運航事業、船舶貸渡業、海運仲立業及び海運代理店業をいう。
2 この法律において「船舶運航事業」とは、海上において船舶により人又は物の運送をする事業で港湾運送事業(港湾運送事業法(昭和二十六年法律第百六十一号)に規定する港湾運送事業及び同法第二条第四項の規定により指定する港湾以外の港湾において同法に規定する港湾運送事業に相当する事業を営む事業をいう。)以外のものをいい、これを定期航路事業と不定期航路事業とに分ける。

とある。

つまり海上散骨事業者は、船を出し、遺族等を乗船させ、海上にて散骨サービスを実施するのであるから海上運送事業にあたるので、この法令を遵守し、輸送の安全を確保する義務を負う。

■散骨事業者が遵守すべき法令―民法等とは?

本ガイドラインにおいて遵守すべき法令として挙げた墓地埋葬法、刑法、廃棄物処理法、海上運送法は、議論の対象になることを含めて提示する理由がある。
不明なのは「民法」を挙げたことである。
説明がどこでもされていないで挙げるのはいささか乱暴である。
というのは、この民法は私権運用に関するほとんど全て、と言っていいくらいを範囲とする大部なものだからだ。なんと全1050条に及ぶ。
「民法を遵守する?」―あまりにあたりまえである。
民法を無視しての事業などはあり得ないからだ。
だが、「どこが」と書かないのでは挙げる意味がない。

・民法の原則、解釈の基準、契約
民法第1編総則には以下が書かれている。
第一章 通則
第一条(基本原則) 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
 権利の濫用は、これを許さない。
第二条(解釈の基準) この法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として、解釈しなければならない。

これは大原則である。
これを散骨事業にあてはめれば、まず考えられるのは契約行為である。

依頼者は意思能力を保持していること(3条2)、成年で行為能力があること(第4条)、そうでなければ後見等を必要とすること、契約の成立(531条以降)…

・消費者契約法
しかし、依頼者との契約で留意する点で具体的に関係するのは消費者契約法である。
消費者契約法とは、
消費者が事業者と契約をするとき、両者の間には持っている情報の質・量や交渉力に格差があります。このような状況を踏まえて消費者の利益を守るため、平成13年4月1日に消費者契約法が施行されました。同法は、消費者契約について、不当な勧誘による契約の取消しと不当な契約条項の無効等を規定しています。(消費者庁)

つまり散骨事業を展開するにあたり消費者保護の原則が貫かれている必要がある。

事業者の努力目標として書かれているのは次の内容である。

第3条 事業者は、次に掲げる措置を講ずるよう努めなければならない。
一 消費者契約の条項を定めるに当たっては、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容が、その解釈について疑義が生じない明確なもので、かつ、消費者にとって平易なものになるよう配慮すること。
二 消費者契約の締結について勧誘をするに際しては、消費者の理解を深めるために、物品、権利、役務その他の消費者契約の目的となるものの性質に応じ、個々の消費者の知識及び経験を考慮した上で、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供すること。

・民法897条(祭祀権の承継)
民法で関係すると他に考えられるのは897条(祭祀に関する権利の承継)である。
つまり遺骨を散骨する権利を誰が保持しているのか、という点においてである。

系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。ただし、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が承継する。
 前項本文の場合において慣習が明らかでないときは、同項の権利を承継すべき者は、家庭裁判所が定める。

遺骨の扱いは祭祀権に属する問題で、
❶まず死者本人が遺言その他(エンディングノートも含まれる)で主宰者を指定していればその指定された人、
❷本人が指定していなければ慣習による。
❸といっても戦後慣習は大きく変化しているので親族間で異議が出れば家庭裁判所が決する、となる。

墓の場合は、墓地管理者は誰が祭祀権承継者であるかわからないので、墓地使用契約書を持参した親族にまず認めておき、後から問題になれば家裁の決定に従うこととなる。
問題は散骨ではやり直しが効かない点である。

■遵守すべき法令―条例、ガイドライン

 

本研究http://www.zenbokyo.or.jp/20210413-j-sec-houkokusho.pdf
のp115~125に「条例等による散骨規制の動向」が、p126~139にそうした規制を行っている自治体の考えを調査したアンケートが掲載されている。
詳細は本研究を参照されたい。

北海道長沼町★、岩見沢市、七飯町
宮城県松島町
埼玉県秩父市★、本庄市
神奈川県湯河原町★、箱根町★
静岡県御殿場市、熱海市★、伊東市、三島市★
長野県諏訪市
愛媛県愛南町

海上散骨のガイドライン・指針
静岡県熱海市、伊東市

全16件(内2市重複)であるが、この内、事業者と住民のタラブルがきっかけとなったのは7件(上記★印)という。
これを「多い」と言うべきか、「少ない」と言うべきか微妙であるが、これまで厚労省が判断を保留し、自治体に委ねてきたという経緯がある。

自治体としては厚労省に何らかの共通理解を求めたことが、今回の厚労省自身によるものではないが、厚生労働科学特別研究事業として行われた『墓地埋葬をめぐる現状と課題の調査研究 令和2年度総括研究報告書』(研究代表者 喜多村悦史)の中でまとめられた「散骨に関するガイドライン(散骨事業者向け)」を厚労省ホームページで紹介する形で公表することにつながったと思われる。

厚労省ホームページで公表したことから関係団体はこのガイドラインを厚労省が作成したものと理解している。
(一般社団法人海洋散骨船協会のホームページでは「厚生労働省の散骨に関するガイドラインについて」と題して掲載している。http://www.kaiyosankotsu.org/sankotsu-guidelines.php

(続く)

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投稿者: Hajime Himonya

碑文谷 創(ひもんや・はじめ)/ 葬送ジャーナリスト、評論(死、葬送)、 元雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)/ 【連絡先】hajimeh46@nifty.com/ 著書 『葬儀概論(四訂)』(葬祭ディレクター技能審査協会) 『死に方を忘れた日本人』(大東出版社) 『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫) 『Q&Aでわかる 葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)  『新・お葬式の作法』(平凡社新書) ほか/