自身はどのような葬儀を家族に託すのか?―Q&A(1)

葬送について講演した後、寄せられる質問があり、後日にそれについて回答する場合がある。全体の動きを解説するのがほとんどであるが、質問は私自身を直接問うものが多い。 2017年春に「日本人の葬儀観と死別」と題して行った講演後に寄せられた質問(質問は多かったが主催者より求められたもの)4つについて、その質問と回答を順次紹介する。 自身はどのような葬儀を家族に託するのか?―Q&A① Q「ご自身はどのような葬儀を家族に託しますか?」   A基本は妻と2人の子に全てを託します。といっても妻が先か私が先か、こ... 続きを読む

僕はあなたの息子でした―個から見た死と葬送(27)

これを書いたのは2年半ほど前のことである。今も父の死は鮮明である。遺骨の一部は今も私の引き出しに入れてある。 父は晩年、よく「危篤だ」と自分で電話をかけてきた。 兄には別な日に「危篤」になったようだ。 要は「顔を見せろ」ということだ。 行くと息子の顔をまじまじとみつめ、「僕が死んだらどうするか言ってみろ」と言うのだ。 自分の意思が息子に伝わっているか、確認をするのだ。 危篤になった時のことから始まり、葬式や納骨、そして自分の書斎の本の行く末まで、全部を、私が父からそれまで何度も聞かされたとおりに言うと、「... 続きを読む

生死の境界―個から見た死と葬送(26)

そこには痩せこけて、口を開け、固まるように寝ていた人がいた。 思わず引き返し、ドアの横にある名前を確認した。 間違いなかった。そこに姉の名が書かれており、ベッドにも姉の名が書かれていた。 声をかけても反応しない。 1週間前に、間違って携帯を押し、姉につながった。すでに5度目の入院をしていた姉だった。力は弱かったものの受け答えはしっかりしていた。 先に姉を見舞った兄からの電話で、著しく衰弱し変貌していると聞かされてはいた。だが、ここまで酷い変わりようとは思わなかった。 かろうじて呼吸する様が喉で確認できる... 続きを読む

遠くなる母とその死―個から見た死と葬送(25)

携帯電話が鳴った。22時15分。 「高倉和夫さんですね。林病院の看護師の及川と申します。お母様の芳子さんが危篤になられましたのでご連絡します」 すぐに病院に車を走らせた。 ひどく落ち着いている自分がいた。 母は4人部屋から個室に動かされていた。 「高倉さんですね。こちらへどうぞ」 病室では若い医師がモニターを見ていた。というより私が来るのを待っていたかのようだ。モニターの線はもうなだらかであった。 「22時55分、ご臨終です」 と医師は言い、立って私に頭を下げた。 母の手を握ってみたが、ダラーンとしてい... 続きを読む

「葬式をするって!」―個から見た死と葬送(24)

「葬式をするって!」 兄が怒鳴った。 「どれだけ苦労したって言うんだ。これでやっとせいせいしたっていうのに」 兄が疲れた顔で言った。 兄の言うこともわからないではない。この10年、母は昔の穏やかな母ではなかった。 「お前たちは私を殺そうとしている」と被害妄想にかかり、近づくだけで「怖いよ」と喚き、退く。 また、よく怒鳴った。 私たち兄妹はすっかり消耗してしまった。 「でも、この10年の母さんは病気だったのよ、ほんとうの母さんではなかったのよ。せめてお葬式くらいやってやろうよ」 と私は必死に兄に頼んだ。 渋... 続きを読む