再び、40年前のこと

すっかり秋。 昨夜は同年輩の古い友人たちと渋谷で飲んだ。久しぶりに会った元記者は話す言葉は変わらないのだが、風貌は一変。髭面で現代の仙人の趣。『キリスト教界と東神大闘争』出版のお祝いということでご馳走になった。利害関係がまったくない友人とご一緒させていただいたことはありがたかった。中には50年来の友人もいた。 自分を賭した思想闘争のつもりが、相手の教授会では、公安からの入れ知恵だろう、党派の奪権闘争と位置づけられ、彼らの行動、言動のすべてが合理化され、正当化されたことが40年経過して明らかになった。そこに... 続きを読む

手順を忘れる時

10月だというのにまだ温度が高い。いったん温度が下がり「秋」になる前「は残暑」と言い、今かつての暑さに匹敵しても「残暑」とはもう言わない。「秋晴れが続く」などという。 昨日に京都より帰ってきたが、全国みな似たり寄ったりの天気、温度で南が温暖で北が涼しいということも特にないようだ。 私も夏用ジャケットをもつようになったが、きょうはその下は半袖のTシャツである。衣替えという雰囲気でない。夏用ジャケットの出番がやっときたという感じである。 前に使用していたUSB接続のハードディスクをまた接続しようとしたらうまく... 続きを読む

死んだ男の残したものは

本日は雨、そして涼しい。事務所で冷房を入れないというのはいつぶりであろうか。 私は暑がり、寒がりという脆弱ぶり。節電は厳しい人間。ちとみんなからは冷たい目で見られる感じがするきょうこのごろ。その人間が冷房要らずなのだから、ようやく長い酷暑は終わったのかもしれない。 とにかく、今年の夏は長く、湿気が高くきつかった。「残暑厳しき折り」とふつうの人は8月下旬から書くのだが、私は9月に入っても「酷暑が続いています」と、ついこのあいだまで書いていた。 谷川俊太郎『ひとり暮らし』(2001年初版、2009年新潮文庫)... 続きを読む

敬老の日

昨日は「敬老の日」であった。私も対象者じゃないですか。違和感がある。 といってもしょうがない。65歳以上は自動的に高齢者なのだから。私は66歳、同級生の半分は67歳になった。私の学年は数が当時は最も少なく、いわばウエストである。俗に「非国民の子」と呼ばれた。 われわれの2学年下から「団塊の世代」間に合わないのでプレハブで授業を受けた口である。団塊世代は全世界にある。第二次大戦が終了し、帰還した兵士の子どもたちである。 その世代が65歳に足を踏み入れた。最後の団塊ももはや60代になった。 日本の高齢者は約3... 続きを読む

享年では100

先週の金曜日の午前3時に母が満では98歳ですが、数えの享年では100歳で死亡し、福岡に行ました。   母は今年の3月から危篤状態を繰り返し、一切有意味な治療は行わなかったのですが、生命力が強く、医師もわからないとお手上げの状態で5か月生きました。   7月に食事に姉夫婦と私が出かけたのが外出の最後でした。まさに生き切った、という感じです。 母は、80代から認知症になり、ここ数年は介護の方たちにも悪態つき放題でしたが、最後の半年は穏やかになってくれました。眠っている延長上で死亡しました。... 続きを読む