家族が終末期にある時、心理状態は穏やかではいられない。毎日がふわふわして現実性がない。何かできるならいいのだが、周囲ができることは少ない。 昨日、名古屋で姉に電話したら、一時の細い、小さく震えるような声ではなく、ふだんの声だったので安心していた。「何がいい」と訊くと「二人静」だと言う。駅中のみやげものやで訊いたら、案内してくれた両口屋是清という店の「二人静」姉が言うには「口の中で溶ける」のだという。それ3個と両国屋の他の菓子に海老せんべいの「ゆかり」を添えて宅急便で頼んだ。明日1日の午後に着く予定で。 で... 続きを読む
阿呆らしい「宇宙葬」
毎日の夕刊が「宇宙葬」について大々的に報じている。マトモか? こういうのはロマンでもなんでもない。ただ人の夢を収奪した事業じゃないか! いいかげん、こんなのを「自分らしい」なんて賛美するな。 マスコミはこんな阿呆らしい事業に報道することで手を貸している、ということを自覚する必要がある。 それは小さいかもしれないが、宇宙にゴミをばらまく行為だ。 市民運動家ももう少し自覚したほうがいい。 死者を大切にし、死者の夢を大切にすることと、こうしたばかげた事業に手を貸すことは違う。 10年以上前に「サンデー毎日」から... 続きを読む
妄想
朝夕が涼しくなり、「秋」を感じる。 姉が腸閉塞で入院した。私も数年前に腸閉塞で入院したから、ある程度は推測がつく。 私の時はそれまで服用していた薬をすべて取り上げられ、その中に導眠剤が入っていたものだから、夜は起きていることが多かった。その病院ではその階には夜間は看護師が一人勤務であった。認知症の患者が数人いて、よくベルで看護師を呼び出していた。 外来用の看護師と病棟用の看護師には身体的に大きく異なる点がある。それは病棟用の看護師は肩が張って筋肉がついていることだ。病人を一人で抱え上げ、車椅子に乗せ…とい... 続きを読む
1964年、私は上京した
2020年のオリンピック開催地が東京に決まった、ということで昨日はマスコミは大喜び。日曜は夕刊休刊で本日8日の朝刊は休刊日なもので、事務所には号外が配られた。 「イスタンブールがいい」と思っていた非国民の私には、何とも退屈な話だが、その中に決まって「50年ぶり」という言葉が出てきたので、その言葉へ思わず反応した。 50年前の1964年4月、私は仙台から上京した。以来、約50年東京に住んでいることになる。人生67~68年の圧倒的な過半を、私という東北出身の田舎者(イナカモノ)が東京に住んでいることになる。 ... 続きを読む
「式中初七日」てなんだ
今や東京では珍しくなくなったもの「式中初七日」というもの。考えれば考えるほど腹立たしい。 本来「初七日法要」は、死亡日を入れて7日目(関西では逮夜の習慣があるのでその前日となることが多い)に行われる。しかし、葬儀のすぐ後ということで、いろいろな地に家族、親戚が散っているので、また集まるのはたいへん、ということで、70年代以前だと思うが初七日を繰り上げて、還骨法要に連続して行われることが一般化している。 それが3~5年前からだろうか、関東、特に東京23区内では、葬式に連続して、出棺前に、柩を開... 続きを読む